2005年12月15日
VSL理論
Joao Magueijo,Faster Than the Speed of Light---The Story of a Scientific Speculation,2003
「もし光速度が一定ではなく、変化することがあったら?」という仮定から出発するVSL理論。最近とみに論文の数が増えてきたりして、宇宙論を含む理論物理学界隈で話題となっているらしいので、VSL理論の生みの親と言える人の本を読んでみた。
光速度不変は相対論の二大要請の1つだから、「光の速度はひょっとしたら変化することもあるのかも」と唱えるのは、20世紀物理学の泰斗、アインシュタインに対して「まちごーとったんちゃうか」と言うようなもの。1990年前後に著者が、このアイデアを周囲に口にしはじめたころには、ジョークとしてしか捉えらないか、頭がおかしくなったと心配されるか、というさんざんな反応だったという。現代物理学は光速度不変という大前提を多くの理論に組み込みつつ発展したきたし、大成功を収めてきたので、今さらその前提がひっくり返せるとか、ひっくり返すことに意義があるなどと考える物理学者がいなかったとしても、ぜんぜん不思議じゃない。スキャンダラスな提言だし、もし実験や観測によってVSL理論の一部でも確証されるようなことがあれば、アインシュタイン以来の革命になるんだろう。
微妙な本だ。前半はアイシュタインの起こした革命の意義やエピソードを楽しく語っていて、よく書けたポップサイエンス本の体裁をしているのに、いざVSL理論の説明にという後半になると、いきなり口調まで変化してアカデミズムの世界を取り巻く環境に対する苦言が主となって、肝心のVSL理論は脇に追いやられてしまう。VSL理論が完成にほど遠く、理論のバリエーションやアイデアがぐつぐつ煮えている段階であるという事実を差し引いても、これじゃ読者は何がなんだかわからないまま置いていかれた気分になるよ。
本の後半では、英国のアカデミックな世界のスノビッシュで保守的な閉鎖性を攻撃し、大学や研究機関を牛耳る年寄り学者の振りまく「老害」を指弾。十分なエキスパティーズもないくせにめちゃくちゃな理屈で論文を却下する学者崩れ科学雑誌編集者を大バカ呼ばわりし、寄らば大樹で安全なテーマしか選ばない職業科学者への軽蔑を隠さない。ひも理論があまりに現実から乖離して数学的構造の美しさだけで突き進むのを見て、M理論のMはマスターベーションに過ぎないとかいう。
原理的に実験による裏付けが不可能な理論など意味がないという話のときに、ボーアが漏らしたというアインシュタイン評も出てきたりする。アイシュタインは元々は地に足のついた(現実世界にリンクした)物理を目指したはずなのに、あまりの理論の華々しい成功によって、晩年には数式の美しさを追い求める頭でっかちになりはてた、と。この手のエピソードはおもしろい。科学雑誌の論文査読者に対する憤懣をぶちまける文脈で、アインシュタインですら1度、1930年に論文を却下されたことがあるという話を紹介している。却下理由を告げる手紙を受け取ったアインシュタインは、怒りのあまりその手紙をびりびりに破いてビンに入れ、そのビンを蹴っ飛ばすなんてこともしたという。だから、論文査読者にはどうしようもないハズレがいて、宝くじみたいなものなんだよと著者は言う。
こういうエピソードや個人的体験談は、とてもおもしろい。かなりあからさまにプライベートなことも書いているし、周囲の人間もよく描写している。でも、肝心のVSL理論は……。
結局なんとなくわかったのは、宇宙論には宇宙初期の歴史にかかわるナゾでインフレーション理論では説明がつかない問題がいくつかあって、VSLは妙にスッキリ問題が解けそうだという話や、ひも理論の人々がいう11次元の世界では光速度は一定で3次元の世界のたたみ込まれるときに、事情が違って見えてくるだけじゃないかとかいう、そんな符合にも気づいたりしているところらしい。インフレーション宇宙論って、メインストリームであるばかりでなく、もうほぼ間違いない宇宙像だろうと思っていたけど、そうじゃないってのがちょっと意外だった。
1本だけ数式が出てくる。E=mc^2/(1+mc^2/Ep)というもので(……あれっ、これってE=mc^2/(1+Ep/mc^2)の間違いじゃないのか) 特殊相対論的な時空間の法則が、日常的な生活環境では近似的に古典なニュートン力学と一致するように、VSL理論もプランクエネルギーがどういういうような世界以外ではアインシュタインの相対論と一致しているという話。
投稿者 ken : 2005年12月15日 23:54
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