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2006年05月30日
5辛カレー
投げるボールの軌道を考えていれば気づくと寝ているという幸せな入眠生活だったのに、急にまったく眠れなくなった。人並みにストレスか。案外自分も仕事のことで思い悩んでいるんだなと胃のあたりにムカムカするものを感じていたけど、実はそれは前日に食った激辛カレーのせいだったと、朝起きてから気づいた。いつもココイチでは3辛だけど、何年かぶりで5辛を頼んだ。毎日のように6辛だの7辛だの食べていたのが信じられない。やっぱり5辛以上は体調不良を来す。10辛食った翌日、寝込んだあの日を思い出した。10辛食った後にキムチをつまみにウォッカをストレートでがぶがぶ煽ったから、カレーだけが原因だったわけじゃないけど。
しかし、5辛を頼みたくなるぐらいにはストレスがあったりして。カレーを食い終わっても、まだ話の止まらない同僚も、相当いろんなコトにストレスを感じているようだ。
部署を異動して、もう3週間も経つ。
2006年05月24日
英語習得の「常識」「非常識」
白畑知彦編著『英語習得の「常識」「非常識」――第二言語習得研究からの検証』(大修館書店、2004)
英語習得にかんする俗説の真偽を検証する本。「英語は左脳ではなく右脳で処理される」「言語習得の臨界期は15歳だ」「英語は日本語と使う周波数が異なるので英語耳を作らないと聞き取れない」「辞書を使わずに多読することで文法力や語彙力は自然とあがる」といったよく聞かれる俗説について、言語学研究、なかでも1960年代ごろから盛んになった第二言語習得研究の成果をもとに検証していく。
答えの歯切れが悪い。結論への関心が強いぶん、肩すかしを食らったような印象。要するに、研究者ですら外国語学習について、あんまりよく分かってないんだ。歯切れの悪さは、著者たちの研究者としての知的誠実さの現われだとは思うけど、それにしてもなぁ。
巷間あまりに根拠に乏しい俗説が瀰漫するさまに専門家としての義務感を感じての企画、執筆ということなのだろうけど、肝心の実証的データというやつが、思ったより蓄積されていない。たとえば、インプットの量は文法習得の度合いと相関があるかというような、きわめて基本的と思われる事項についてすら、データがなくてハッキリわからないというようなありさま。分かっていないことを「実はまだよく分かっていません」と言うことは重要だけど、それにしても、これじゃあ、第二言語習得研究の人たちって、いったい今まで何を研究してきたんですかと言いたくなるような惨状じゃないか。全般的にそんなふうに感じた。
1日5分聞き流すだけで英語ができるようになるとか、言語によって周波数がどうこうだとか、左脳右脳がどうこうというような、「そりゃダマされる方が悪い」と言いたくなるような極端な妄説については、否定あるいは疑義を差し挟むだけの反証データを、多くの実験や論文から引用して紹介している。
でも、もう少し微妙な話、たとえば辞書を引かない多読には語彙習得の効果があるのかといったことの真偽についてなどとなると、とたんに歯切れが悪くなる。引用されている論文の1つでは、結論は限りなく「ノー」。しかし、これは実は習得レベルにもよる話で、ある程度のレベルに達したら、これは当てはまらないとする論文についての言及が、欄外の注にあったりする。自分で論文に当たってみなさいということか。
うーん、全体にキレ味が悪い。おもしろい研究報告のデータもたくさんあるんだけどなぁ。特に、小学生に英語をやらせれば云々と言ってる無茶な人たちに、外国語学習と年齢の関係についての他国でのデータを広く知らしめるべきだ。単純に早く始めればいいってもんじゃない。社会全体としてみると膨大なリソースが外国語学習に振り向けられているというのに、肝心の外国語学習についての客観的なデータや議論がいつまで経っても蓄積されないのは、どういうわけか。非合理で情緒的、経験的な議論ばかりが拡大再生産されているのは、なにも語学学習という分野に限った話ではないのだろうけど。
2006年05月20日
虹を吐く男
カナダから久しぶりに帰国している大学時代の友人らと持ち寄りランチパーティー。快晴なので屋上へ出てお茶したり。友だちの1歳と3歳の子らが可愛い。
突如、しめった風が吹き始めて、空が暗雲で覆われ始めた。生き物のようにうねり、立ち上るどす黒い雲は、雲というより、工場から吐き出される煙のようだった。まるでホラー映画を見るような不気味さがあって、「そろそろ退避したほうがいいんじゃない?」といって部屋に戻るなり、大雨が降り始めた。部屋の窓から外を見ると、雨の降っている領域と、降っていない領域の間に垂れたカーテンがダイナミックに揺れ動く様がみてとれた。久しぶりに青く晴れた広々とした空や、こうした雲や雨の動きを見たような気がする。都心から急行で30分も行けば、そんな自然にも出会える。
数時間後、雨が上がったと思ったら、くっきりと見事な虹が出ていた。副虹まで見えた。虹を吐く男になってみた。
投稿者 ken : 23:00 | コメント (3) | トラックバック
2006年05月19日
マグロマグロマグロ
久しぶりのヨーカ会。渋谷マークシティ横の魚料理店、福ちゃん。マグロ、貝類、かに、ウニ、ハマチ、もう食えないという量が出てくる。ご飯がほしかった。安い。

最近また月に1、2度はビールを飲むようになったというと、驚いて、なかぜショックを受けるという人が多い。「西村さんがやめたという話を聞いて、最近飲まないようにしてるのに……」とか。オレは変節漢だと常々言ってるじゃないか。
投稿者 ken : 23:22 | コメント (2) | トラックバック
2006年05月16日
パトリオティズム、ダンディズム
北康利『白洲次郎――占領を背負った男』(講談社、2005)
国家の品格なんちゃらいう本を読んでる暇があったら、これを読め。ベストセラーであり、読書界でも賛辞が多かった良書。戦後の占領政策時代の憲法制定を巡る水面下の攻防なんかは、読んでて本当にスリリング。白州さんがまた格好いいんだ。
村松暎『中国列女伝――三千年の歴史のなかで』(中公新書、1968)
前半の名もなき女達の話と、後半の3人の女帝の話がぜんぜんつながっていなくて、ちょっと本として中途半端なのが気になった。それにしても男尊女卑とはこのことかというほどに女の扱いがひどい。物語にしろ、史実にしろ、まあとにかくヒドイ。いや、正確には、古来中国では男女とも権力をもったヤツはともかく残忍だってことか。
松長有慶『密教』(岩波新書、1991)
インドで大乗仏教の一派として生まれた密教はチベットと日本でのみ生き残っていて、東南アジア方面では消滅した。中国という文明を通過して天才空海が持ち帰った密教と、ほとんどサンスクリット語の教典をそのままに翻訳したようなチベット密教の違いを指摘するような話は興味深い。ヒンドゥー教やバラモン教のある土壌に仏教や密教が生まれ、それがアジアにどういう形で伝播したのかというあたりの話を詳しく知りたい。でも、曼荼羅の種類がなんだとか護摩の祈祷の儀式がどうだとか、あまり細かい話をされてもなぁ。どうでもいい。
池田信夫『電波利権』(新潮新書、2006)
放送業界という最後の護送船団利権団体が、いかにときどきの政治権力と癒着してきたかがよくわかる本。戦後日本のメディア史におけるターニングポイントがコンパクトにまとめられていて、いい勉強になった。ケータイにせよ放送によせ、電波の免許制はもうやめてオークション方式にして市場化せよという過激で合理的なメッセージを出発点に、もう少し現実的で段階的な政策提言も淡々と語られている。
投稿者 ken : 11:00 | コメント (1) | トラックバック
2006年05月06日
結婚1周年、ようやく入籍
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婚姻届を手に | /tr>
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ここが入り口 | /tr>
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やってないー | /tr>
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ふーむ、裏口か | /tr>
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うん、こっちこっち | /tr>
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時間外受付 | /tr>
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守衛のおじさんが書類をチェック | /tr>
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時刻を欄外に記入。「10時3分」。 | /tr>
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何やら受け付け終了の書類を。後日電話で要受理確認 | /tr>
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しかし、ホントにこれで良かったんだろうか……。 | /tr>
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がっちり“捕獲” | /tr>
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地下鉄で若松河田へ移動 | /tr>
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旧小笠原邸。いまはスペイン料理のレストラン | /tr>
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75年前の建築当時には珍しかったというスペイン様式の建物 | /tr>
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ここは違う | /tr>
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前菜。うまー | /tr>
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パンツェッタにくるまったエビ。ソースを冷凍したしょっぱいアイスクリームにビックリ | /tr>
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魚のスープ | /tr>
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マス。パプリカのソースが薄味で上品。色鮮やか | /tr>
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子羊 | /tr>
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かにのパエリア。少ない…… | /tr>
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デザート | /tr>
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もう一発デザート | /tr>
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まったり | /tr>
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帰りは新宿でドーナツ | /tr>
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結婚1周年記念に急須を購入。無形文化財の玉川堂の鎚起銅器。いい色してる。 | /tr>

























