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2007年12月21日

「ルールはりんご」

保育園に子どもを預けて駅へ抜けるとき、近道なので役所のエレベータを使う。エレベータ待ちで見かけたポスター。交通安全をテーマにした子どもたちの作品。

最優秀賞の「ルールはりんご」というのが断然目に止まる。シュールな謎かけ。と、思ったら、りんごというのは描かれているトラックの積荷のことであるらしかった。「ルールはルール」と書いてあるらしい。

それにしても、このすべてが平面に投影されたシュールな構図はただ者ではない。交差点に突っ込んで北時点でトラックが横転しているではないか。小学6年生だというし、狙って作ったとしたら、すごい。狙ったわけないけど。

倫理、道徳、社会のルールといったものが個人個人に内面化される時期独特の、優等生的なメッセージが多い。小学生でも、すでにそこに自明でない何かがあると感じ取っている奴もいるだろうけど、そういう奴の作品は選ばれないんだろうなぁ。


ルールはりんご?

投稿者 ken : 10:19 | コメント (0)

2007年12月18日

失敗者

最近週末は家族で過ごすことが多くて、1人で出歩くことが減った。独身時代の自由を懐かしむ気持ちもあったけど、長い人生のなかで今は貴重で幸福な子育ての時間なのかなと思うようになった。

70歳になる遠縁の親類と話す機会があった。法事の席で、酒宴が好きだったという故人を偲んで楽しく語らってくださいというので、ぼくはその人と遠慮なくビールやワインを飲みながら話し込んでしまった。

義父と同じ会社に勤めた人で、ある種、昭和世代のサラリーマンの典型。

その人が、こんなことを言った。「自分は失敗者ですよ。昔は自分のことしか考えてなくて子供なんて構ったことがなかった。男親は給料を稼ぐのが仕事だと思っていたからね。でも、子供が一番かわいい時期に1分でも一緒にいたほうがいいよ。これは失敗した人間からのアドバイスです。自分もできることならやり直したい」。大企業で役員まで勤めたというから、「当時はみんな仕事中心だったんじゃないですか」と聞いたら、「そうじゃない人もいましたよ」という。

3歳までのかわいい盛り、手がかかる時期というのは、長い目で見ればほんの一時期。そこの体験が充実しているかどうかで、年をとってから目を細めて思い出せるか、「失敗者ですよ」と悔やむことになるか決まるものなら、今は子供のために時間を使ったほうがいいのだろう。10歳を過ぎたムスメに父親が相手をしてもらえるどうかは定かではないし、成人すれば会える機会も減っていく。自分を失敗者だというおじさんは、遠く香港に暮らすムスメとその孫とは主にネットでコミュニケーションしているという。

夜寝かしつけるために一緒に布団に潜り込んだ。ころりと横たわったムスメは、やんやん言うでもなく、すぐに寝てしまうでもなく、パッチリと目を見ひらいたままこちらを見つめていた。ふいに、「パパ、ちゃっちゃん、パパ、ちゃっちゃん」と何度か自分と父を順に指差す。「そうだね、パパだね、りさちゃんだね」とぼくは返す。するとムスメは、舌足らずな裏返りぎみの声で「ちゅ」と言って小さな顔をぼくに押し付けてきた。相好を崩す父親を見て満足そうに笑うムスメ。今はただ単にかわいいとしか思わないけど、きっと、こういう経験が貴重なんだ。

投稿者 ken : 23:47 | コメント (0)

2007年12月12日

感染症

感染症を引き起こすウイルスは、近年劇的な症状を宿主に引き起こさない方向で進化してきたという。かつて激しい嘔吐や下痢を起こさせて、近隣にいる人々に感染していった時代と異なり、下水が完備され、衛生学的な常識も浸透いた今では、ウイルスにとってこれは有効な戦略ではなくなった。

代わりにマイルドな症状でやたらと咳が出る種類の感染症が増えた。元気のいい人は「なんだか咳が出るな」というだけで会社に行き、そして周囲にウイルスを広げる。ウイルスにとっては現代は宿主に寝込まれてしまっては困るのだ。

乳幼児が罹患する感染症は、どうもこの限りではないらしい。激しい下痢や嘔吐をともなうロタやノロといったウイルスは、家庭内であっという間に伝染してしまう。どんなに注意して消毒しても、赤ちゃんのおむつを交換するときに接触感染するものらしい。アルコールに加え、ロタに有効という消毒液も使っているのに。

週明けにムスメがミルクをぴゅーっと吐いたところから始まって、続いて妻が嘔吐。ぼくだけ平気だと思っていたのは1日だけで、すぐに激しい腹痛で寝込んでしまった。3人の症状のピークに時間差があったのが救い。

投稿者 ken : 15:13 | コメント (0)

2007年12月10日

Linuxでスライドショウ・ガジェット

Windows用のグーグルデスクトップで写真をスライドショウさせるデスクトップガジェットがお気に入りだった。忘れていたような古い写真がたくさん出てくる。HDDに大量に写真を眠らせていたんだなと気づく。

Linuxで同じことをしようと思ってGNOMEガジェットなんかを探したけど、どうもぼくのニーズに合うものがない。いっそRuby/Gtkで書いてみるかなーと思っていたけど、そんな大げさな話じゃなくて、findとimagemagickでいいのだった。

find ~/Desktop/Pictures/2006* -iname *jpg | xargs display -resize 200 -delay 1000 &

とかすれば、10秒おきに指定ディレクトリ以下のJPEGファイルが横幅200で表示される。

しかし、きっちりディレクトリ順に出るよりもランダムに出る方がうれしい。有限行数の標準入力を受け付けてランダムに並べ替えるようなコマンドラインツールってあったっけなーと、ちょっと考えてから、まあいっかと思ってRubyで書いてみた。

#!/usr/bin/ruby

lines = Array.new
num = 0

while gets
lines.push($_)
end

while (lines.size >= 1)
num = rand(lines.size)
print lines[num]
lines.delete_at(num)
end

これをrandlines.rbというファイル名で保存して、

find Pictures/* -iname *jpg | randlines.rb |xargs display ...

とやったらうまくいった。グーグルデスクトップと違って、いくつでも好きなだけ起動できるというメリット(?)があるらしい。

Linuxにはflickrをローカルのファイルシステムにマウントしてしまうflickrfsというのがあるので、flickr上の写真も、まったく同様にデスクトップに表示できそうだ。

つくづくUnix文化ってすごいなと思う。こんな単純なスクリプトとコマンドの組み合わせ程度のことでも、Windows上では手も足もでないことが多い。


右側に2つスライドショウを表示

投稿者 ken : 19:45 | コメント (0)

2007年12月09日

何のための行列か

新宿サザンテラスに「クリスピー・クリーム・ドーナツ」の日本1号店がオープンしたのは2006年12月15日。それら、ちょうど1年前ほど経つというのに、いまだにすごい行列だ。平日の朝10時に通りかかったら、店舗を半分取り囲む2列の行列。50分待ちだそうだ。


新宿サザンテラスのクリスピークリームドーナツ。いつもすごい行列


エレベータから見下ろしたら、行列は店舗の横に回り込んでいた


平日の午前中でも50分待ち

普通に考えたら、ドーナツごときで1時間近くも待つのはおかしい。「なんで平日やのに、こんなに並んでんねん!」と関西弁でいいながら通り過ぎる人たちを見て、やっぱり観光客が多いのかなと思った。ガイドブックや雑誌なら、確実に掲載されてるだろうしなぁ。

それにしてもドーナツごとき。ぼくはかなり好きだけど、しかし5分以上は並ぼうとは思わない。

行列に並ぶ人たちが得たいのが、ドーナツそのものとだけ考えるのは不自然。じゃあ何のために行列しているかと、やっぱり話のネタということなんだろう。ネタは新鮮なものに限る。ので、スタバにしろバーガーキングにしろ、1号店はだいたい大騒ぎになる。

じゃあ、そもそも話のネタってなぜ必要なのか。と、考えると、周囲の人とボンディングやコミュニケーションするためじゃないかと思う。そもそも人間の社会に言葉が存在するのはコミュニティの紐帯を維持するためのもので猿社会のグルーミングと同じとした説に真実が含まれるのだとすれば、ドーナツは猿の毛にあたる。毛づくろいそのものも気持ちいいのかもしれないけど(ドーナツはおいしい)、それだけじゃないんだよね、コミュニケーションのためのネタなんだよね、という。

クリスピー・クリーム・ドーナツって、本国アメリカでは、もはや閑散としている店舗もあるという。飽きられたということとか、類似店が増えたこともあるかもしれないけど、話のネタとして賞味期限が切れたということなんだろう。東京の人にとっては、とっくに新宿のクリスピークリームドーナツの賞味期限は切れてるけど、地方から来る観光客には、まだ何かがあるんだろう。クリスピークリームドーナツって、もはや川口店とかができているぐらいだそうだから、人気凋落も時間の問題じゃないだろうか。

と、いうことを考えると、自分がやっている情報サービスの仕事も、そういう消費のされ方をしてる面はきっとあるはずだなと思ったりする。情報はファクトが重要な面もあるけど、ぜんぜんそれだけじゃない。「思わず人に言いたくなる」ようなネタは好まれる。

投稿者 ken : 12:10 | コメント (3)

2007年12月08日

エコ・ブディズム

義理の祖母の1周忌で浅草へ。お寺のあちこちにある立て札がどうも気になる。そこのお寺だけじゃなく、自宅周辺のお寺でも同じことがいえるけど、どうも低俗で陳腐な人生哲学の類が増えている気がしてならない。文字通り「俗」っぽい感じ。

「世界人類が平和でありますように」というような例の立て札はいいとしても、例えば「人生は、悔いるな今日を生きてこそ」的な文言って仏教寺院にあっていいようなものなのか。禅宗にして、この程度。世襲制で寺を継いでれば、凡庸な僧侶や住職が増えるんだろうけど、それにしても、ちゃんと仏典を読み込んでいたら、もう少し言うべきことがあっていいのじゃないかとも思ったりする。

同じ浅草のお寺で見たものでも、多少は仏教的だなと思うものもある。「悟りの花はどこに咲く。迷いの池の中に咲く」などと挿絵入りであると、ああ、ちょっといいなと思ったりする。特別な深みこそないものの、噛み締めるべき普遍的な教えがある。

環境とか人権とか、やたらと今風なことで何かを言うのはいいけど、「地球をきれいにすると、ほとけさまにほめられる」はないだろう……。これは曹洞宗全体の見解なのか。愕然とするような凡庸さ。禅宗っていつの時代もエリートに尊敬されるテイストを持っていたものだと思ってたけど、これじゃあ頭の悪いロハス系にしか受けないと思った。

投稿者 ken : 23:28 | コメント (1)

2007年12月06日

成長

数ヶ月前に撮った写真を見ると、えらくムスメが成長しているのが分かる。うちは両親ともがカメラ好きなので、やたらと写真点数がいっぱい。


女の子だけどクルマ好き

投稿者 ken : 23:06 | コメント (0)

2007年12月03日

はっぴょうかい

先週の土曜日は保育園の「はっぴょうかい」。ムスメは生まれて初めての発表会。リハーサルと違い、大勢の保護者を前にすると驚いて泣き出すかもなと心配したけど、泣くでもなく、かといってノリノリになるでもなく淡々と。

0才児クラスは、みんな、ほげーっとしていた。舞台狭しと自由にハイハイしまくる子もいたりとか、一生懸命振り付けどおりに踊っているのはよく見ると保育者たちだけとかだったりして微笑ましい。

帰宅後に撮影したビデオをムスメに見せたら、テレビの前では「結んで開いて」の振り付けをやっていた。うちの子は本番に弱い。

2才児クラスあたりでも、まだ舞台に上がっても訳が分かってない感じがあるけど、4才児や5才児ともなると、和太鼓の演奏だとか、ちょっとしたミュージカルだとかが、ちゃんと見せ物になっていて驚く。たった数年で自分のムスメもあんな風になるのか、というのが信じられない。


左の子は生来の自由人で、発表中つねに逃亡を試みていた


それなりにシャカシャカ振るムスメ


「裸の王様」。王様役はみんなの意見で決めたんだとか。確かに王様っぽい貫禄がある。


天気がいいので外で散歩

投稿者 ken : 23:31 | コメント (0)

2007年12月02日

新宿御苑の紅葉

紅葉を見に新宿御苑へ。燃えるような真紅に色づいた紅葉もあったりして、 園内でも著名な木の周囲には、たくさんの写真好きがカメラを構えていた。

よく手入れされた広々とした芝生でシャボン玉やったりジャグリングやった り。ジャグリングは目立ったようで、立ち止まる人や喚声をあげる人もいた。 なぜかインド人らしき家族連れの子たちに好評だった。シャボン玉は少しコツ をつかむと、かなり巨大なものも飛ばせることが分かって、飛ばす方としても 楽しかった。

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投稿者 ken : 23:26 | コメント (0)