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2008年01月28日
ロジック
Logic, Graham Priest, 2000
Oxford University PressのA Very Short Introductionシリーズの1冊。
スマリヤンの本は0.5ページで放り出し、矢野茂樹の論理学の入門書は購入してそれっきり。ホワイトヘッドもクワインも、いつ買ったか覚えていないぐらい放置状態。論理学や言語哲学って興味はあるけど、ぼくにはどうもダメらしい。それで、論理学っぽい本で軽いものを読んでみたくて手にした本がこれ。
しかし、あまりにも基本的なことしか書いてなくて肩透かしを喰らった印象。短い各章で、それぞれいくらかの論理演算記号や概念を導入して、古典的なパラドックスが、実は大したパラドックスじゃないんだよということを平易に説明してある。悪い本じゃないんだろうけど、もう2度とこのVSI シリーズは読まないことに決めた。前に読んだ聖書入門もそうだったけど、あまりにも素っ気ないし、いくら何でもベリーショートすぎる。
ほかの本も読んでみる気になったという意味では、VSIは、確かにその存在意義を果たしてるのかな。イントロだし。
2008年01月23日
エスペラント---異端の言語
「エスペラント---異端の言語」(田中克彦、2007)
あまりにおもしろくて珍しく読み返してしまった。
エスペラント自体は、さすがにどうでもいいけど、エスペラントというフィルターを通して見えてくるものがたくさんあるという意味で興味は尽きない。まず1つは、エスペラントという人工言語は文法や語彙という純粋に言語学的な事象を見るための基準器となること。現実に存在する自然言語には、さまざまなバリエーションや振れ幅があり、矛盾や欠点にもみちみちている。最初から言語学的な合理性だけを追求して人工的に作られたエスペラントは、固有の自然言語の「不自然さ」をすべてあぶり出す。いかにフランス人がフランス語の完璧さを喧伝したところで、不規則変化など負の遺産でしかなく、本来誇るべきほどのものではない。
エスペラントを通して見えてくるもう1つの大きな絵は、民族とは何か、国民国家とは何かという問題。この本には、そうした問題を考える上で知っておくべき論点と、さまざまな歴史的な経緯が盛り込まれている。これはエスペラントがどうこうというだけじゃなて、70歳を過ぎた田中氏の言語学研究の成果が随所に織り込まれていることによるのだろうと思う。
例えば、自然言語の語彙の形態に関する恣意性を指摘するところで、こんな例を引いている。パプアニューギニアで話されるクレオールでは女のことを「meri」という。それは上陸してきた白人の多くが妻のことを「メリー」と呼んでいたからで、固有名詞が普通名詞になるという、いかにも言語の起源で起こりそうな現象があるそうだ。そんな恣意性の高い語彙なんかに何の意味もない。
一方エスペラントはといえば、基本語彙こそヨーロッパの言語を中心に寄せ集めてきているという感じはあるけど、語彙体系の構成法はきわめて一貫性があって合理的。例えば、名詞の男性型は「-o」で終わり、女性型は「-ino」で終わるという感じ。「patro(父)、patrino(母)」、「frato(兄弟)、fratino(姉妹)」、「onklo (おじ)、onklino(おば)」といった具合だ。男性型から女性型を派生させるかのような構成法に対しては批判もあって、エスペラントを改訂して「裏切り者」と呼ばれたIDOという人工言語では「patro(父)」という語彙に対して「matro(母)」を当てているという。このあたり、社会言語学的な論点も多い。
もう1つ、名詞の構成法の示すと病院を意味する「malsanolejo」(まるさのれーよ)という単語がある。この語幹は「sano」(健康)で、これは「sanus」(健康)というラテン語由来のもので、英語でsanityに連なるもの。で、このsanoに対して反意語を示す「mal」という接頭辞をつけることで「malsano」(病気)という語が生まれ、場所を示す接尾辞の「lejo」をつけて「病院」という意味になる。すごいのは、sanoをsanaと語尾を変えるだけで形容詞になってしまうこと。なぜならエスペラントでは-oは名詞、-aは形容詞と決まっていて、例外が1つもないからだという。何たる一貫性だ。複数形はjをつける、というのにも例外はない。もちろん、すべて表音文字だから綴りが分かって読めないということもない。
lejoをつけると場所を示す。そうか考えてみたら、日本語で「病院」「学校」「会社」など場所を示す語彙に対して、すべて異なる「院」「校」「社」などを用いているほうが混乱してるようにも思えてくる。アメリカ英語で起こっている変化は、従来のラテン語やギリシア語を組み合わせたような造語を、平易で日常的な語彙の組み合わせで置き換えるようなことだと思うけど、あれと同じことを日本語でもやっていいんじゃないかと思う。
このほかエスペラントの特徴として驚くのは名詞の最後にnをつけるだけで目的語となること。これは日本語の助詞「を」の発想だ。この文法規則があるおかげで、目的語の位置の自由度が上がると著者はいう。ほんまかいな。
エスペラントの合理性と経済性はすさまじい。「冷たい」というような基礎語彙ですら、「malsarvo」(熱く-ない)というような作り方をする。malという接頭辞は、英語のmalicious、malady、malfunctionようにネガティブなニュアンスがない。エスペラントのmalは単に中立的な反意語を示す。これに対しては非効率だという批判もあったりして、別言後が作られたりする。それで延々と「俺様言語」の歴史が続く。過去100年ちょっとの間に知られているけで数百の人工言語があるという。
エスペラントでは、動詞の時制についても、すべてこの調子で語尾に特定の音を付け足すようにして合理的に構成されている。格を含めた人称代名詞のマトリックスに至っては、その対称性のあまりの高さに愕然とするほどだ。いかに自然言語がめちゃくちゃかというのを思い知らされる。大学時代にフランス語の授業で延々と人称代名詞と基本動詞をセットにした暗記をやらされたのを思い出して、「やっぱりあれはフランス語が悪かったんだ」と思って溜飲を下げることにした。
というようにエスペラント語の文法は非常に簡単で、英語やフランス語、ラテン語などの基本語彙が何となく分かるぼくは、10ページほどのエスペラント語の解説を読んだだけで、エスペラント語で書かれた文章が何となく読めてしまうというほどだった。
エスペラントに光を当てるうえで著者のこれまでの研究が大きく影響してるのではないかと思った別の例に、エスペラント語の膠着的性質について指摘する箇所がある。
ぼくはまったく誤解していたけど、エスペラントというのは語彙こそヨーロッパの言語の寄せ集めという印象が強いけど、屈折語、孤立語、膠着語という分類でいえば、かなり膠着語に近い性質を備えている。
19世紀の言語学者、なかんずく西欧の学者らは屈折語こそが、最高の発達段階を示した言語だと考えていたという。日本語や韓国語、ツングース語、ハンガリー語などの膠着語は低い発達段階にあり、中国語のような孤立語は、さらに原始的とみなしていた。そうしたヨーロッパの言語学者のエスノセントリックなものの見方を、著者は「生物進化論とヘーゲル哲学をつき混ぜてできた思想」と切り捨てる。なぜなら、歴史をさかのぼってみると、古くなればなるほど複雑な屈折にみちみちたものとなり、逆に時代が新しくなるほど屈折が弱まるのが一般傾向であるからだ。
英語とドイツ語を比べると、英語は屈折が弱まっている。これはノルマン・コンクエストの影響で、英語は、フランス語との接触で、語彙的にも文法的にも非常に大きく変化した経緯がある。
英語はフランス語との接触によって文法が単純化した。多くの言語は他言語との接触によって、もとの言語より単純な構造に変化するもので、その逆というのは起こらないらしい。こういうのはピジンやクレオールの研究成果によるところが大きいそうだ。非常に興味深い。セーシェルやメラネシアの島で話されるクレオールを研究してみると、ラテン語を単純化したフランス語がたどったのと同じプロセスが見て取れるという。
例外だらけで構造の不安定なラテン語を維持できなくなって世俗語に分化していったのがヨーロッパの各言語。そう考えると、もっと言語の混交が早くに起こって単純化された言語が広まっていたら、ヨーロッパの血塗られた歴史は大きく変わっていたんじゃないかとすら思えてくる。「国語とは陸海軍をそなえた方言」という言葉が示すとおり、民族を分断し、国民国家を成立させているのは言語にほかならない。
オットー・イェスペルセンというデンマークの言語学者は英語が中国語に近づいているということを「Monosyllabism in English」という有名な論文で指摘しているという。段々に屈折した尻尾の変化部分が落ちて音節が短くなり、英語には格変化がなくなった。こうした変化について、以前に読んだエドワード・サピアも同じようなことを言っていたように思う。サピアは英語が徐々に「分析的」になっていると例を挙げて書いていた。例えば「's」をつけて所有や帰属を示すというやり方は、よりシンタックスに依存した「of」に取って代わられつつある。
言語進化の話で、さらに驚いたのは、孤立語である中国語は徐々に接尾辞などを多くとる膠着的な性質を強めており、結局のところ、世界の言語は膠着語に向かっているという話だ。中国語は分からないけど「的」をつけて形容詞や所有格を作るというようなことだろうか。そういえば、この「的」というのは英語やフランス語の「-tic」という語尾から来ているそうだ。
日本語話者の矜持におもねるようなこの結論は、単にモンゴル語を中心にウラル・アルタイ語属に関する研究をしてきた田中氏の強いバイアスが入ってないのか。都合のよい学説だけ集めてきてないのか、非常に気になるところだ。
しかし、膠着語が「安定した構造で変化が少ない」というのは、確かに事実であるような気がする。古文の授業で、ほんの少し助詞や特殊な活用を勉強するだけで1000年以上も前の本が読めるのは、日本語の安定性を端的に示す例だという。
ザメンホフは、こうしたことを知っていたからエスペラントを膠着語的に作ったのだという。そして、そうした性質があったからこそ、エスペラント語はアジアでもかなり広い層に支持されたという経緯があるという。宮沢賢治も山田耕作も、北一輝も、柳田国男も、エスペラントに傾倒したらしい。
ともあれ、ヨーロッパ言語が今後進化して変化していくべき究極の形を、エスペラントというのは一気に実現してしまったのだ、と評価する言語学者もいるという。
「われわれの国語はこんなに複雑で表現力が豊かだ」という国語自慢に対して田中氏は冷淡だ。だいたいにおいて、Aという言語が、ほかの言語に比べてどうのこうのという議論は言語学的根拠をもたない。
暇がある上層階級は知的優位を強調するために、複雑な言語を複雑なまま使うことを美徳とする。一方、日々忙しい一般人は例外規則を覚える学習時間など避けないから、より速いペースで合理化、単純化を推し進める。この間読んだ日本語の歴史の本には、こんな例があった。日本では室町時代から江戸時代にかけて起こった二段活用の一段化という単純化は、武士よりも庶民の間で速く起こったということが、近松の浄瑠璃の台詞をみると分かるという。
ら抜き言葉も同様だ。合理的根拠もなしに、いつまでも「らあり」にこだわっているのは、たいがいは暇をもてあました文人タイプの人間だ。こうした知的ペダンティズムの背後には、単なる言語学的知識の欠如ばかりでなく、もう少し別の力学が働いているのだろうと思う。
ある時期、2つの用法や文法が併存するということがある。たいてい「言葉の乱れ」と呼ばれてしまう新しいほうの形は、いずれ普遍化していくもの、と思っていた。ところが驚くことに、アルメニア語は「こだわり派」と「単純派」で2つの言語に分岐してしまったと、旧ソ連の言語学者マルが指摘してるらしい。そんなことが起こりえるのか……。
英語と米語も、ややそうした分裂状態にあるように思う。綴りでも言い回しでも文法でも、イギリス人は古い形がいいと思っている。アメリカ人は背負った歴史がないぶん、変化を気にしない。だから、かなり単純化が進んでいる。
最後にもう1つ、非常に気になった論点を。日本語という言葉は、漢語で水浸しになってしまって、もともとあった大和ことばの多くは失われてしまった。それを柳田国男は「荒涼たる日本語の風景」と呼んだという。
そんなことを言ったら、いま再び英語の洪水の中でツユだくになって大和ことばと漢語と英語がマーブル模様に入り交じってしまった現代日本語なんて、いったいどうなるんだ。
と、いうことはともかく、漢字や漢字文化を「負の遺産」として排除すべきと考えた日本人や中国人の話が気になる。1974年に中国を訪問した西園寺公一は、過去の日本の蛮行をわびた。そのとき、トウショウヘイは自分たちも日本に迷惑をかけたといい、その1つが「孔子の道」を伝えたことで、もう1つが漢字の弊を与えたことと言ったそうだ。
日本で仮名文字運動が広がった時期、中国でも漢字廃止の運動があったという。日本のそれは背後にナショナリズムの高まりがありそうだけど、中国のほうは何だろうか。中国共産党が簡体字を制定したのは1960年代。漢字の表音文字化を企てる背景には共産主義思想があったともどこかで聞いたけど、どうなんだろうか。この辺、非常におもしろいテーマだ。
2008年01月22日
オリジナルあんぱんまん
テレビで見たこともないのに、あんぱんまんの絵やおもちゃを見てムスメが「パンまんまん」といい始めたのは1ヶ月ほど前。保育園の園内のあちこちに描かれているうえに、上のクラスの子たちに絶大な人気があるので、自然と覚えるらしい。
徐々に「ぱんぱんまん」という発音に変わり、最近はたまに正確に「あんぱんまん」と発音するようになった。まだまだ語尾が消え入りそうで、妙なアクセントがあるのがかわいい。
オリジナルのあんぱんまんの絵本を買った。やなせたかしが1976年に上梓したもの。これが、何とも言えず不気味というか、暗い。

古いあんぱんまんの絵本
やなせ氏があとがきで書いているのは、当時人気が高かったスーパーマンや正義のヒーローが、あまりにきれいだということ。服が汚れるでも傷つくわけでもなく、いつもきれいなまま。でも、本当は正義を行うには自己犠牲が必要だし、ボロをまとうようなこともあるでしょう、と。初期のあんぱんまんのマントは、確かにつぎはぎだらけのボロだ。そして、顔がすっかり全部なくなってしまうほど、自分のあんぱん顔を人々に食べさせてしまう。
やなせ氏は、あとがきの最後に「さて、こんなあんぱんまんは、果たして子供たちに受け入れられるでしょうか」と書いている。もう30年も前のことなのか。
自己犠牲という基本テーマ自体は変わってないんだろうけど、あんぱんまんは変わった。明るい雰囲気になったし、手もなぜか指がなくなってドラえもん風の丸い手になり、愛嬌がある絵になった。
それにしても絵本類の出来、不出来には恐ろしいまでの差がある。救いようのない駄作や凡作から、数十年も売れつづけている傑作まで、非常に差がある。親としては、中途半端に説教臭いメッセージが込められたり「知育」的なノリの強い教育的な本よりも、親子のコミュニケーションの助けとなるような、そういう本がありがたい。ページを繰る前から、子供が次のページの展開を待ちきれずに叫んでしまうような、そんな本はいい。
あまりに気に入ってしまってムスメが片時も手を離さない「ももんちゃん」シリーズなどは、けっこういい作品揃いだ。朝、寝ぼけたままで「もーもんちゃん、もーもんちゃん、ないっ、ないっ」と泣きそうになりながら探し回るムスメの気持ちも少し分かる。
2008年01月20日
ららぽーと
豊洲ららぽーとへ。豊洲には初めて行ったけど、東京とは思えない駅前のだだっ広さに驚いた。ららぽーとの建物の中も、広々としていてベビーカーで行くにはありがたい場所。しかも、ほとんどの客が子連れじゃないかというぐらい子連れだらけで、「泣き叫んでもお互いさま」という雰囲気があるのが楽だ。
入っているテナントや客層も、だいぶ都内とは違う。あ、豊洲は都内か。どっちかいうと千葉あたりの匂いに近い。
2008年01月11日
物理万歳
「物理学」と聞いても、何となくほろ苦い思い出しか甦らなかったりする。今でも好きだけど、大学で専攻を間違えたのかと思うほど片思いにしかならなかった。
そんなぼくでも、以下のビデオにあるMIT教授の授業をみて、思わず画面の前で「Yes, physics works!」と叫びそうになった。このマッドサイエンティスト風の白髪オヤジは、すごいエンターテナーだ。パフォーマンスとしゃべりの才能が半端ない。工夫を凝らし、身体を張った実験も、どれもかたずを飲んで見守りたくなるようなものばかり。久しぶりに「物理万歳」という気持ちが少し甦った。
古典力学、電磁気学、回路理論といった辺りで直感に反する実験や、まさか教壇でできると思わなかったような磁性体の実験まで、いろいろとYouTubeに上がっている。
驚いたのは、以下の実験。2つの筒に水滴を落とすだけで、大きな電位差が生まれ、スパーク! これは確かににわかに信じがたい現象だ。愛すべき訛りのある教授の早口な実況中継が素晴らしい。この教授の興奮っぷりは、子どもが「見て見て!」と叫んで親の手を引っ張るときのような、そんな感じだ。
MITが講義のマテリアルを「Open CourseWare」のプロジェクト名の元にネットで公開しはじめたのって、いつだったっけな。日本でもMITに倣えと東大や慶応あたりが熱心に公開してたっけ。東大の授業は1度ビデオで見たことあるけど、うーん、もっと穏やかなものだったな、って当たり前か。
MITの授業じゃないけど、関連して見つけた以下のデモンストレーションも衝撃的で萌える。水とコンスターチを混ぜた粘度のある液体に対して120Hz程度の周波数で様々な加速度を加えてシェイクすると、信じられないような性質が生まれる。液体上にポコンとあけた穴が、そのままそこにとどまるというのはまだいいとして、モコモコと液体が盛り上がって水面全体に樹氷のような柱が成長するって一体なんなんだ! 粘菌みたいだ。
2008年01月09日
外注される戦争
『外注される戦争――民間軍事会社の正体』(菅原出、2007)
非常におもしろい。
イラクの混迷はもとより、内紛やテロなど、現代的な意味での戦争のリアリティの1つがここにある。かつての国家間の戦争や冷戦下の安全保障と軍備といったものとは異なる新しい形態の安全保障のカラクリが回り始めている。PMC(Private Military Company)と呼ばれる企業群が、こうした現代的な戦争の場で急速に成長している。
著者によれば、PMC興隆の背景には、冷戦終了により軍縮が進んだことがある。例えば米陸軍は冷戦時に79 万人規模だったものを、48万人体制に縮小させた。1990年代だけで全世界の軍隊で600万の失職者が出たと見られているという。これら失職した軍人や退役軍人のうち、エリート部隊に所属した人々がPMCを興して政府機関のリクエストに応じて、さまざまなサービスを提供している。
紛争地域で求められるニーズも、従来の軍隊が提供できるものではカバーできなくなってきている。著者はまたこう書く。「安全保障政策のカバーする範囲は、伝統的な国防から、テロとの戦い、平和維持活動、難民救済、市民社会の建設促進へと拡大していった」。著者は例えば、こんな統計を引いている。国家間の戦争で死んだ人の数は1999年に3万2000人。一方、テロでは900人、内戦では3万9000人が死んでいる。米軍が典型だけど、もう国家間の武力衝突という場面で死んでいるわけではない。
そもそもの発端がブッシュ親子の歴史的大失態や、欧米諸国による無責任でエゴイスティックな植民地政策の結果だとはいえ、現在の世界がPMCを必要としているのは明らかだ。善悪でいえば、PCMはほかの兵器や軍備同様に悪に決まっているけど、要不要でいえば「要」ということだ。
軍隊がかつて蓄積してきたノウハウが人材とともに流出している事情もある。軍縮とPMCの興隆はコインの表裏。かつてエリート部隊にいた人々は、国家がかかえる正規軍や警察隊に対して、訓練や教育、情報分析などのサービスを提供している。ぽっと出の若い将校なんかに若手の訓練はできるはずもなくて、湾岸戦争などで実際に場数を踏んだベテランが教育したほうが効果は高い。
米国のレンジャー部隊、グリーンベレー、デルタフォース、シールズとか、イギリスで言えばSAS、SBS、SO14などのエリート部隊の出身者は、高給を求め、あるいはスリルを求め、はたまた愛国心や「民主主義の種を蒔くのだ」という高邁(高慢?)な思いから、軍隊よりもPMCに流れていくのだという。
PMCが提供する「サービス」は多岐に渡る。需要が大きいのは要人の警護や施設警備、ロジスティックなどの後方支援。テロや脅威の分析、アラビア語の通訳といった情報サービスも行う。兵器も扱う。現在すでに米軍兵器の28%のメンテナンスはPMCが受託しているという。地雷や不発弾の処理もやる。ものすごいエキスパティーズと信頼関係だ。
市場化されたことによるイノベーションの加速、という側面があるのも見逃せない。米軍の伝統的なハムビーではなく、自爆攻撃や待ち伏せに耐えうる防御力をもった高速移動車の開発や、高性能の無人偵察機の開発などは市場化によって実現した兵器の例という。プロの軍人を訓練するプログラムでも、従来の軍が提供できなかった品質の高いものがどんどん開発されていたりする。
このほかPMCが提供するサービスとしては、軍事訓練の提供やメディア戦略のコンサルなどがある。ただ、どのPMCにも共通しているのは、「戦闘は請け負わない」という点。それは倫理的なものというより、国際世論の批判で自滅しないための私企業の合理的判断ということらしい。
PMCのメディア戦略として、レンドン・グループの暗躍の事例が興味深い。いわく、「いまや湾岸戦争に敗れ十分に抑止されている一地方の指導者に過ぎないサダム・フセインを、世界平和に対する深刻な脅威であると信じ込ませる」ために、レンドン・グループとイラク国民会議に対してCIAから5年間で計1億ドルものギャラが支払われたという。実際に大手メディアを懐柔して嘘っぱちを広めることに成功した様子を、本書ではつまびらかにしている。現代戦とはそういうものだと開き直るレンドン本人の見解には、呆れるというよりも、伝統的なアメリカ人的プラグマティズムを感じて妙な感動を覚える。
PMCに対する批判は多いし、実際に問題点もある。現在、一番大きな問題は、PMCの存在がイラク混迷の一因となっていることだ。イラク特需で雨後の筍のごとく増えたPMCのなかには、非常にいい加減な仕事をする劣悪な企業があったという。
例えば、危険地域に派遣するまえに自社の社員を十分に訓練しないだとか、情報収集をおざなりにするといったことで、PMC社員の死者が急増した。そういえばPMCに所属する日本人でも死者が出た。
「社員を死なせて金儲け」では批判も集まるけど、それにしてもまだしもこれは自業自得のような面がある。もっと問題なのは、そうした企業が雇った「社員」の中には、市民に向けて無差別に発砲するようなならず者がいた、ということ。アブグレイブ刑務所での収容者の虐待に関しても尋問を受注したPMCに責任があるという。正規軍では起こり得ないそうした規律の乱れで、イラク民衆の米軍への信頼は地に墜ち、政情安定への道をいっそう険しくしているという。
というように、PMCの活躍の部隊はイラクをはじめとする中東地域だけど、こうした「戦争の外注化」、「兵力支援の市場化」は、副次的効果をもたらした。
1つは紛争地域の安定化にPMCが役立っているという例。南アフリカのPMC、エグゼクティブ・アウトカムズは、長期化していたアンゴラ内戦を鎮め、シエラレオネの危機を救ったという。
アンゴラでは資源を抑え拮抗する2勢力があり、どちらの勢力も豊富な資源を背景にした逐次的戦力の投入で、いつまでも争っていた。そこにエグゼクティブ・アウトカムズ社は80名からなるPMC部隊を派遣。政府軍を訓練し、あっという間にゲリラを駆逐。ついに1年で両者間で和平協定締結にまで漕ぎ着けたという。
シエラレオネでは、リベリアの独裁者チャールズ・テーラーがシエラレオネ国内の鉱山を次々に制圧。孤立無援の同国政府は、首都に攻め入る反政府ゲリラを前にエグゼクティブ・アウトカムズ社に援助を依頼。同社は70名を派遣し、ゲリラを撃退。やはり和平協定を結ばせたばかりでなく、部隊派遣から1年半後には、シエラレオネで23年ぶりの民主的選挙が行われるまでになったという。
「金さえもらえばゲリラ軍も援助するのか?」という疑問もわく。そもそも、勝てば官軍だ。政府軍はどっちだというような状況に対して、PMCは一体どういう価値判断を行うのか。PMCは本当に紛争地域のボラタリティを低減する効果を持つのか? 例えば現在のミャンマー政府からPMCが仕事を受注するのは、誰のために何のメリットがあるのかよくわからない。
治安がどうこうという以前の国じゃなくて、もう少し落ち着いた地域でPMCが警察権力の訓練をするというのは善いことだと思う。東欧諸国など途上国に対して訓練を行ったり、先進国の警察隊に対して対テロ対策の訓練を行うといったことは、私企業でないと難しい。
ただ、そうした訓練は政府が公然とできなことを民間企業が肩代わりするという側面が強くて、政府の外交・安全保障政策の延長線的な性格も強いのだという。長期にわたるサウジとアメリカの戦略的同盟関係は、ヴィネル社というPMCとサウジ政府のサウジ国家防衛隊の契約が、そのベースにあるという。米国の外交カードとして、軍事力、ドルに続いて、PMC企業群がもつエクスパティーズが加わる。古い戦争を前提とした軍事力や核兵器がヘビー級のストレートパンチであるなら、PMCはローブローぎりぎりのボディーブロー連打という感じか。
PMCという存在の副次的効果として興味深い点を、もう1つ。雇用条件としてエリート部隊出身者というハードルを課すPMCがある一方で、よりグローバルにリクルート活動を行うPMCもある。その結果、例えば安い労働力としてフィジー人を雇用する例が増えているのだという。笑っちゃいけないけど笑いが止まらないと公言するのがフィジー労働省。PMCが自国民を雇用してくれることで深刻な失業問題は解消され、税収も増えると喜んでいるという。自国民の命を守るために、PMCの仕事を請け負う人の渡航を禁じる国もあるというけど、実際上、渡航時のチェックは土台無理。
途上国の、特に貧困層からすれば、短期の出稼ぎで大金を得られるPMCは魅力だろう。しかし、貧困から抜け出す方策としてイラクに行って命を落としたフィリピン人の話なんかは切なすぎる。戦地から「もうすぐお金を送れるから、そうしたらお米を買えるね」と国に残してきた家族に書き送り、その後、殺されてしまったなんて話が紹介されている。こうした話はフィジー労働省の役人の耳には入ってこないのだろうか?
と、PMCの全容を概観できる好著。最終章には著者自ら、PMCが提供するメディア関係者向けの対テロ訓練に参加した様子が紹介されている。訓練とはいえ精神的に追い詰められ、とっさの判断が甘いために最終的に全員がPMC社員が演じる短気なゲリラの一員に銃殺されてしまうというオチがなかなかいい。1度でも訓練しておけば、現実に危機にさらされたときの対応がまったく違ってくるだろうから、こうした訓練は有効だろう。
それで、日本では何だっけ、外交と安全保障の問題が交差した給油問題について、どういう議論をしている最中なんでしたっけね……。安全保障を巡る情勢がこれほど激変しているのに、違憲だから話し合うことは何もないというだけで、つっぱねる民主党。日本でも自衛隊は違憲だという人が根強くいるから、この際、我こそはという自衛隊員は日本版PMCでも始めたらいいのに。無理か。
2008年01月08日
赤ん坊の天才
ムスメが「あなっなぁー」(バナナ)と「ぱんちゃん」(パンダ)という言葉を覚えた。1日で2語も増えた。それで、ふと気になって、どのぐらい語彙があるかと頭の中で数えてみたら、すでに50〜60語に達していることに気づいて驚いた。何となく十数語程度だろうと思っていた。いつの間にそんなに語彙が増えたんだ。
自分で発音はできないものの認識する語彙ということなら優に100語は超えているような気がする。例えば「上着、取ってきて」というと、ちゃんと上着を持ってくる。
成人する20歳ごろまでに5〜6万の語彙を獲得するとなると、平均しても年間3000語。つまり1日10語というペースになる。語彙獲得が一様なペースで進むとは思えないから、ピーク時には1日30語ぐらいの習得速度に達してもおかしくないのかもしれない。
これが驚くべき数字なのか、そうでもないのかよく分からない。30歳を過ぎたぼくでもピーク時には英単語を推定30語/日ぐらいの勢いで覚えたしなぁ……。それは比較にならないけど。
そろそろ2語がつながったセンテンスらしきものも出てきた。「ママ、ててて(開けて)」とか「こっち、あなな(バナナ)、ちょーでっ(ちょうだい)」というように、自分の意志を伝えることもできるようになりつつある。声帯を使った発話の発達とズレがあるために錯覚しがちだけど、1歳半でも語彙習得は、かなり進んでいるらしい。いや、語彙の理解よりも、シチュエーションや文脈の理解が想像以上に進んでいて驚かされることが多い。
手先の器用さとか、語彙の獲得とか、身体のバランスとか、どれをとってもその発達の速度には目を瞠るものがある。昨日できなかったことが今日できるようになっていたりする。どこの親でも「うちの子は天才じゃないかしら」と思うのも道理だ。
2008年01月07日
まぐろ土佐船
『まぐろ土佐船』(斉藤健次、2000)
20代後半。仕事に行き詰まりを感じていたフリーランスライターが、ふと思い立って遠洋漁業の漁師に転職し、海で過ごした1770日の記録。戦場ジャーナリストとは違うけど、命をかけて現場に入ったルポルタージュで、実に生々しいドラマがあっておもしろい。
どうしてもマグロ漁船に乗りたいという一念に取り付かれて、高知に飛び、経験も適性もなさそうな「余所者」として港町で1年半。スナックでバイトして地元に知り合いを作り、ようやっとのことで乗船させてもらえるところに漕ぎ着ける話に、「今どきの若者」にはない1947年生まれの著者の根性が垣間見える。乗ったら乗ったで邪魔者としてしか扱われず、それでもめげずに「自分のできることを」と料理をはじめ、やがてコック長という座に落ち着く。
地球が丸い感じを想像してしまうほど、マグロを求めて世界中の漁場で操業する。南はケープタウン沖やモンテビデオ沖、氷山が浮かぶ南氷洋に近いところまで船を繰り出す。赤道付近でも、エクアドル、ベネズエラ沖、アンゴラ沖など、アメリカがうるさいことをいいはじめて行けなくなったメキシコ湾をのぞいて、どこにでも行くという感じ。
行く先々の港での「船員らしい武勇伝」が、おもしろい。友人が地元警察に拘留されていると騙され、タクシードライバーに扮した強盗に遭う話や、語学もダメでもなぜかどこのディスコでモテるオヤジの話なんかは、ああ、海の男のロマンってほんとにイメージどおりなのね、という感じ。なぜモテるのかの問いに「心、心ぜよ」と答える土佐の男の笑顔が目に浮かぶようではないか。
1970年代の近代的なマグロ漁船には、すでに24時間入れる風呂があり、冷暖房もあって「天国みたいなもの」と、当時の年長の船員は言ったらしい。どんなひどい労働環境だったんだと思うけど、それでも著者が乗船した当時の船員の労働環境は、今の常識的にいえば地獄だ。波にさらわれて転落死する船員はいっぱいいるし、指はちぎれるわ、腕の肉は釣り針でもげるわ、命がけ。どんなベテランでも一瞬の油断で甲板から落ちる。落ちれば、ほぼアウト。全長120kmにも渡る幹縄を海に垂らし、再び上げる作業は危険な重労働。
そんな厳しい労働なのに、なぜマグロ漁船に乗るのか。この問いに対して答えた船員たちの言葉が印象的だ。「陸(おか)で勤めよってもよ、わしらにできるこというたら、限られているろうが。ほか、何するぞ」、「都会のにんげんが何ちゃあ考えんでサラリーマンになるがと一緒よ。第一わしらが背広着たち、似合わんろう?」。
かつて大金が稼げたマグロ漁も、著者が乗船した時代には、すでに高騰する燃料代で収支はかつかつ。しかも、相場変動が激しいうえに、漁獲高も時の運。ギャンブルだ。船員にとってたままらないのは、目標額に達するまで日本に戻れず2年も3年も世界中で操業を強いられることだ。肉体的にも精神的にもくたびれ果てて、ストレスでおかしくなる船員も多かったらしい。
海の生活の実際、海に生きる人にしか味わえないさまざまな料理の話など、明るく楽しい話も楽しめた。磊落な男たちの言葉も爽やかでいい。マグロの基礎知識や、当時のマグロ漁船操業の収支についてもわかりやすく書かれている。
もともと著者はルポルタージュを書くために船に乗ろうと思ったわけではないという。ライター稼業から足を洗って漁師になり、その後は夫婦で居酒屋を営んで長いという。すでに50歳を過ぎた著者が、若い日の体験を、まとめた本。そういう意味では一生に1冊しか書けない本だ。この本は、第7回の小学館のノンフィクション大賞に選ばれたというけど、この手の賞には若手の登竜門というニュアンスってないんだろうか。もしあるとしたら、ずいぶんふさわしくない人を選んだなと思う。それに、2000年の出版時点でも、さすがに話が古くて「大賞」とするべき本だったんだろうかと疑問に思った。
室戸の沖ではかつて捕鯨が盛んだったという。それがのちに土佐のカツオ1本釣りとなり、それに続いて1955年ごろからマグロ漁を営むようになったという。そのマグロ漁が黄金期を過ぎて1つの時代が幕を下ろそうとした時期の体験談として、見事にありのままを伝えている良書だとは思うけど、後書きにあるように、すでに2000年の時点でもマグロ漁は大きく変わってしまっている。幹部以外は外国人、マグロも船員も空を飛び、船は基本的に帰らない。縄もロボットが投げる。
水揚げ高がもっとも高い港は、成田空港だと言われるようになった以後の、マグロ漁のことも知りたい。たぶん、『The Sushi Economy: Globalization and the Making of a Modern Delicacy』がいい本なんだろうと思う。
2008年01月06日
紙の新聞
1998年ごろ、あるネットワーク機器メーカーの営業マンが自慢げに言った言葉を未だに鮮明に覚えている。「もううちは新聞とってないんですよ。全部ネットで読めますからね!」。そのときのぼくの感想は、「今頃おっさん何ゆーてんの、そんな当たり前のことを自慢げにいーなや、恥ずかしい」というものだった。
まだ128kbpsの常時接続が月額3万円以上した時代ではあったけど、夜間の定額制もあったし、ぼくの周囲では、すでに誰もがネットは使い放題に近い状態にはなっていた。天気予報を見るのもネットになっていたように思う。
太平洋をはさんだ北米の西海岸にasahi.comが立ち上がったのが1995年。それからすぐに他紙も追いかけて、1998年当時には、すでに速報系の短信ニュースは溢れまくっていた。
それから10年近くが経過した。逆に、ぼくは最近は紙の新聞をよく読むようになった。一番の理由は「ネット上に全部ある」というのが、未だに全然事実とは異なるということ。これは、ネットに対してコンテンツを出し惜しみする新聞社各社が不甲斐ないとしかいいようがないけど、ぼく個人としては嘆くほどのことでもない。3000円とか4000円を出して、どこでも読めるプリントアウト済みのコンテンツを買っていると思えば安いもの。
紙の優位性も健在だ。ポータビリティという点では電子メディアは、まだもう一歩。紙は解像度やコントラストも高いから、レイアウト情報による情報圧縮効果はバカにならない。
持ち歩いてよく読むようになってみると、なんだかんだいって新聞のコンテンツって質が高いなということが嫌というほど分かる。日本の新聞メディアが、いかに旧態依然としていて滅びゆくものだとしても、現時点ではネット上には相応のメディアがないんだから、しょうがない。SNSやブログ、掲示板といったCGMは質が低くてノイズだらけで、もうウンザリ。アルファブロガーと言われる人たちで、読むに耐える文章を書いている人が、いったいどれだけいるだろうか。
子どものころ、新聞といえば朝日や毎日だったけど、最近、日経にしてみてその違いにも驚いている。読んでいて少しもイライラしない。特別何かがすごいというのでもないけど、不信感とか不満を感じずに淡々と情報に接することができるメディアって、今の時代には貴重じゃないだろうか。
2008年01月05日
気づけばみな子持ち
アメリカに留学中の友人が日本に戻っているというので、大学時代の友人らと集まる。「全員が子持ちになったね」と口々に言ってはみたけど、実は子持ちになってない友達の会合への参加率が下がっているだけというのも事実であることに、みんな気づいていたはずだ。
前日に妻と一緒に仕込んだローストビーフが好評だった。ローストビーフは、その派手なサイズと赤身が絶妙に残る美しいグラデーションから、「手が込んだ本格料理」というイメージを持つ人が多い。でも、実際には焼くだけ。パーティーは盛り上がるし、嫌いな人は少ないし、何というか、コストパフォーマンスが高い。凝ろうと思えばいくらでも凝れるけど、手を抜こうと思えば、「フライパンで焼き、蓋して蒸すだけ」というところまで簡単にできる。ふつうのスーパーで買えない大きな肉塊を入手するところだけが味噌。
留学中の友人は「4月には終了予定(笑)」で、晴れてPh.Dのはずだけど、同時に8ヶ月の息子を抱える母でもある。黒人とのハーフのジン君は8ヶ月と思えない巨大サイズで、頭部がやけに小さい。身長は1歳半のうちのムスメと同程度なのに、頭のサイズは4ヶ月になる別の友人の子より一回り小さい。やっぱり「人種」ってあるよ。

8 ヶ月なのに、もう7kgもあるというジン君
2008年01月04日
ちゃんとしたハンバーガー
ムスメを保育園に預けて夫婦で映画へ。ある意味では年末年始で唯一の休日。
最寄りの映画館があるってことで六本木ヒルズで『ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記』を見る。これまで見たニコラス・ケイジの映画で、はずれが少なくてイメージがいいからというぐらいの理由で選んだ映画だけど、ちょっと驚いた。事前にgoo映画で調べたレビューを見て抱いたイメージと、まったく違う映画だったのだ。
goo映画にはすでにその映画を見た人のレビューがたくさん載っている。内容のないべた褒めから、嘲笑系の酷評まで、いろいろとある。そうしたレビューを見ていると、個々には主観的でバランスが悪いものばかりであっても、だいたいどんな映画か分かってくる。「CGM万歳だ」と思った。
ところが、それは甘かった。10個ほど見たレビューの、そのことごとくが、肝心のポイントを外していた。そんなことも知らないぼくが映画に疎すぎるだけかもしれないけど、『リンカーン暗殺者の日記』というのはローティーンを狙った映画なのだった。少なくともローティーンが見ても充分にディテールも楽しめるというレベル設定だ。
ディズニーらしい子ども向けの演出とストーリーの映画。そのことを分かって見る分には、まあ大人が見ても別に悪くない。
ところがgoo映画にあった酷評には「陰謀系の話がお好きな人はどうぞ(笑)」とか、「矛盾だらけ」、「ツッコミどころ満載」とか、そういう的外れな評が多くて驚く。最初から、いい大人が突っ込むべき映画じゃない。それはドラえもんの映画に対してツッコミを入れるようなものだ。
まさか、そんな低レベルの勘違い野郎ばかりだと思わないもんだから、てっきりぼくは細かいところに目をつぶれば、楽しめる映画なんだろうと高を括って見てしまった。謎解きも演出も全編が文字通り子供だましだし……。
たまの映画なんだし、もうちょっと事前に調べてから見れば良かったとも思うけど、最近はもう家にいても夫婦ともネットを見ている暇がない。わっと調べてわっと出かけるパターンが多い。
一方、同じく適当に調べて「近いから」という理由で行ったグランドハイアットのレストラン「オークドア」は意外にヒット。高級和牛や米、豪のお肉をたっぷりサイズで焼いてくれるアメリカンなステーキハウス。お昼のアラカルトで、ハンバーガーとステーキサンドイッチを頼んだら、どっちもうまかった。ちゃんとした肉で作って、ちゃんとした火で焼いたハンバーガーはうまい。
何気なく頼んだグラスワインが2500円だったのには閉口したけど、ステーキもそこそこの値段だし、また来てみようと思った。

肉汁が滴るハンバーガー

朝11時半の開店と同時に店に入ったので、貸切状態だった
2008年01月03日
上野動物園
絵本やぬいぐるみを見て「じょーさん」(象さん)を連呼するようになったので、ムスメに本物を見せてあげようと上野動物園へ。三が日だけど、上野は人でいっぱい。
象は6頭ほどいて、それなりに見えたけど、ムスメは一向に反応せず。偽者の象でも見せられたと思ったんだろうか。
上野動物園で一番の人気者のパンダは、穴に顔を埋めて背中を向けたまま、じっと動かなかった。しかも見物客は3列になって足早に通り過ぎるばかり。つまらんじゃないか。
動物たちが遠すぎて、ちょっとムスメには何が何だか分かってなかった感じ。1歳半では、まだ早かったか。

6頭ほどいた象のうちの1頭

うーん、なんて猿だったか

大量の見物客。混雑しすぎで見てられない

赤ちゃん連れなので説明どころか名前も読む暇がなく、なんてトリか不明。写真だけ

ペンギン

ホッキョクグマ。人気コーナーで大量の人がいた

分かっているのかわかってないのか

猿山は見てて一番楽しかった
2008年01月02日
食い正月
年末年始は実家の熱海へ。以前、正月といえば年に1度だけミステリー小説を読むことにしていた。今年は危なっかしく階段を上り降りするムスメから目が離せなくて、本を読むでもなく、おもに食っちゃ寝の日々。

女の子は1歳でもすでに女なのか

息子のゲームで飛行機を飛ばす、元職業パイロットの父