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2008年07月27日
6月から7月頭にかけて
すっかりブログの更新が滞ってしまった。6月から7月頭にかけて、いろいろあった。
ムスメが7月の頭で2歳になった。その前あたりから「いくつ? もうすぐにしゃい!」というのを教え込んでいたら、誕生日を過ぎてもしばらくは「もうすぐにしゃい」と答えるようになってしまったりして相変わらずかわいい。言語能力の発達も相変わらず目を見はるものがある。週に1度か2度は、ムスメが言うことに夫婦で目を見合わせて「すごいね」と言っている感じだ。最近だと、2つものを見比べて「おなじ!」と主張するところから一歩進んで、似ているものを見て「なんかちがうね」「ちょっとちがうね」というようになった。「りさちゃんのパパの眼鏡」というように、「の」が二重になるようになったのも最近のこと。出来事の記憶や「きのう」という言葉も、何となく理解しはじめいてるような兆しもある。夕立に降られて雷が近くに落ちた翌日は「あめがふってね、ごろごろーてかみなりがなってね」ということを熱心に話す。
そんなムスメとスイミングに通い始めた。毎週土曜日の11時から準備体操も入れて1時間のクラス。最初はキョロキョロしていたムスメも、1カ月ほどしてもうすっかりプールのファンに。平日に「プ」と言おうものなら、「プールいこうよう! プール! プール!」と言って、プールの歌を歌い出しそうな勢い。
0歳から2歳半までのベビークラスでは、常に何らかの歌を歌いながら、体操したり、水の中でゆらゆらしたりしているものだから、ムスメもだいたい歌をぜんぶ覚えてしまった。「♪1丁目のウルトマン、2丁目のセブン、3丁目の母に、4丁目の父、5丁目の怪獣やっつけろ、空の方なたへ飛んでいけ、ジュワッチ!」と歌いながらプールサイドから水の中にいる親に向かってジャンプする。キックの練習も上手になって「キックー、キックー、もっと速くー」と言うと地上でも水の中でも足をばたばたさせる。たいしたもんだ。
基本的に水の中にいるときにはずっと子どもを抱えていたり、水面に持ち上げたりしているものだから、親はけっこういい運動になる。うちのムスメは10キロ半ぐらいのはず。初日は腕が筋肉痛になった。
ベビークラスに来ている同世代のパパたちを見ると、みんなお腹周りがブクブクのメタボ。そういうのを見て、自分は全然マシじゃないかとちょっと安心したというのはあるけど、一方で「いや、まだあんなのと一緒にされてたまるか」という気持ちもあって、ムスメのスイミングとは別に水泳を再開した。週に2度は難しくても、1度ぐらいはと思って通勤途中の駅のそばにある区民プールに通い始めた。
数年ぶりで泳いだ1日目は、自分のペースも泳ぎ方もよく思い出せないまま無理をして1200メートルほど泳いだところで足がつった。情けない。それから3、4回ほど泳いで、ようやく身体の使い方を思い出したようだ。1000〜1500メートル程度であれば気持ちよく泳げるし、時間さえあれば2000メートルもいけそうだ。ピーク時に67kgまで行った体重を、60kgぐらいに落としたい。

ベランダで。プールがすっかりお気に入り
6月の第3週には出張でボストンに行った。地味目のイベントだけど、アメリカのIT業界で起こっている大きな流れを感じることができた。1兆円かけて使えないシステムをいじくり倒してきた国と違い、金融でも証券でも医療ネットワークでも、もはやコモディティ化したx86サーバを使ってクラスタリングするという流れはハッキリしてきた。
ここ数年はアメリカといえばサンフランシスコばかりだったから、ボストンの街は新鮮だった。どことなくヨーロッパに近い雰囲気があって、さすがピルグリムファーザーズゆかりの地という感じ。歴史があるから教会だとか図書館だとかの建物が嘘くさくない。サンフランシスコは100年前に地震で壊滅して再生した街だから、そういう影響もあるのかもしれないけど、アメリカの建物って「ヨーロッパの真似はしてみたけど、なんか安っぽいし違うよね」という雰囲気が強いものが多い。そんな風に思ってたから、ボストンの落ち着いた自然な風景、古い建物と近代的建造物が混ざった風景はぼくの目には新鮮に映った。街の人々も、なんだかおっとりして感じられる。浮浪者がいないのは冬が寒いからか。うっかり迷いんでしまったハーバード大学近辺の街並みも、上品でいい感じだった。
それにしても今回の出張はACアダプタを忘れてえらい苦労した。乗り換え空港で買ったアダプタは規格が合わなかった。ThinkPadの新しい機種ってACアダプタが旧モデルと違う、ということを店員に説明しても「そんなはずはない」というので79ドルも出して買ったのに……。さらにボストンに到着した足で街を探し回ったら、3軒目にあることが分かったものの行ってみたらちょうどお店が閉まったところだったり。結局、アマゾンで急いで注文したり、翌日にイベントを抜け出してBestBuyに買い物に行ったりした。電源が入らないと、パソコンって何の役にも立たない。

ボストンの古い教会

古い建物とモダンな建物が混在するボストン

あんまり騒々しくない

出張にACアダプタを忘れてえらい苦労した。
大学時代の友人らと山中湖の保養所に行った。保養所といっても、高級リゾートの一部を健保で買い上げたようなところで、けっこうゴージャス。みんなもう子持ちで、しかも小さい子どもばかりなんだけど、たまにはこういうところもねってことで、いい部屋に泊まり、それなりのお食事を楽しんだ。やっぱり自分たちと同じく、小さな子をつれた家族連れも多くて、多少ディナーの席で子どもたちが騒いでも気にならない「お互い様よね」という雰囲気が、ちょうど良かった。湖を見たり、少しプールで泳いだり、久しぶりに深夜までビールを飲みながら親同士で駄話をしたりというだけの、あまり内容のない旅行ではあったけど、「子どもがいるのに、がつがつイベントをこなすなんて疲れるだけだよね」という共通認識があって、ほどよい旅行となった。
1年ぶりで半日人間ドックの健康診断へ行った。腎臓の結石予備軍の石灰化した白い固まりが1つから2つに増えていた。視力が0.3、0.1から、ついに両目とも0.1に落ちてしまった。血液検査の結果がまだだけど、前回やや問題があったコレステロール値が気になる。
アップルの「iPhone 3G」を買った。歴史的な成功となるかどうかは別として、騒ぎの大きさからして歴史の一コマとなるイベントであることには違いない。
大騒ぎの発売日当日、表参道のソフトバンクショップに並ぼうと思って朝5時半に起きてみたら、ぜんぜんぼくはヌルかったらしく1000人以上が並んでいた。ネット見たらすでに深夜3時半の時点で初日入荷分の割り当ては終わったらしかった。念のためと思って地元の田町のショップの様子を調べたら、なんだか余裕がありそうだったので行ってみたら、7時前の時点で列の9人目。整理券もらってふつうに買えた。16GBが12台、8GBが6台あったらしい。表参道に並んでテレビで放映された人たちって結局はアップルの絶妙なマーケティング戦略に動員されただけちゃうんかいなという気がする。都心の大型店以外であれば、けっこう10時とか12時でも買えたという話を聞く。
「これは革命だ」「こんなの日本のケータイに比べたらうんこだ」となぜか両極端で感情的な評価ばかりが目につく毀誉褒貶相半ばするiPhone 3Gだけど、ぼく的には高いオモチャを買ってしまったかなという印象だ。日本のケータイにない優れた操作性やアプリケーションの類には感心するし、PCっぽいアプリ選択・設定の自由さにもわくわくするんだけど、その一方で、日本のケータイを捨てられないというジレンマはいかんともしがたい。auの契約を切れないとなると、これはエラい出費だ。どうせauでも今すでに7000〜8000円払っているんだから、完全に乗り換えれば同じことだと思ってたけど、さてどうしたものか。
ぼく的には3年前のPC並みのインターネット対応PCがポケットに入るということで一括払いで8万円を払ったけど、月々の通信費を考えるとやや重たい。それでも何とか運用を工夫してauの契約を切ることを考えている。いろいろやり方に工夫の余地がある。工夫の余地があるっていいことだ。使えば使うほど馬鹿げているアップルのクローズドな囲い込みに嫌気がさすけど、それでも従来の手も足も出しようがないケータイに比べれば、よほどオープンだ。ぼくが期待するのは、実はiPhoneはパンドラの箱を開けるきっかけとなることで、これで誰もが「あ、PCなんだからもっと自由にソフト作ったり改造したりしたらいいよね」と気づいて、オープンなモバイル端末の市場が広がっていくことだ。

朝っぱらからiPhoneを買いに

PCと同じWebが見られるだけでもiPhoneはすごいけど
投稿者 ken : 2008年07月27日 22:56