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2005年08月31日
ひと夏の体験?
座薬、まだ未体験です。夏が終わるまでには「経験」しちゃうかもしれませんが、冷蔵庫に眠らせてあります。聞いたところによると、痛み止め座薬の即効性にはすごいものがあるそうで。
おしりのアナに入れて、「あっ、、、、でちゃう、、かも、、、、あっ、、あっ(頬紅潮)」と思っているうちに、おしりのあたりからパーッと薬効成分が全身に広がって、痛みが消えていくのが、ほとんどその場で実感としてわかるということです。ぜひとも体験してみたい(ニヒ)。痛いのはイヤだけど。
昨日の注射は時間とともに効いてきたようで、夜にはすっかりラクになっていました。久しぶりによく眠れた。朝起きると、寝返りの影響なのか、やっぱり痛みが復活してて心配になりましたが、数時間もすると再び痛みが消えて、嘘のようにラクになりました。
マラバリの山内さんがメールをくださって、そのなかで書いてらしたのですが、山内さんもジャグリングで故障した経験が結構あるというんですね。やっぱりみなさん、いろいろやってるんだなぁ、と。
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2005年08月30日
注射再び
肩から腕全体が腐ってもげ落ちるんじゃないかというほど痛い。痛くて、まるで眠れない。朝を待って病院へ。担当医の順番が来る金曜日まで待っていたら痛みで生活が立ちゆきそうもない。
「横というより前なんですよねぇ」と言いながら、今日の新担当医は前方から肩にステロイド(?)注射。ほんの数秒とはいえ、これがまた痛い。いったい肩の中には何が入ってるんだ。
前回同様、2時間ほどで痛みが引いた。しかし、根本的に悪化してるように思えてならない。大の大人なので恥ずかしくない程度に泣き言を並べて、強めの薬を処方してもらった。
ついに座薬。人生34年、いままで操を守り通したのに。「座薬ってはじめて何ですけど、えーと、できるもんなんですか?」とそれとなく担当医に聞いたら、「みなさんやってますけどねぇ」と冷たくあしらわれた。
夜、帰宅してそのことを妻に話すと、彼女はヤケに楽しそうにしていた。
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2005年08月29日
痛すぎる
意味がわからないほど痛い。ここ数日は、寝てても起きてても数時間おきに痛みの波がやってくる。あまりに痛くて、もう2度とジャグリングなんてやりたくないし、見たくもないと思う。
ところで、IJA1995と1993を観た。早く治ってジャグリングしたいなー。って、2行で言ってることが矛盾してるけど、どっちも本音。ホント痛いよ。ホント投げたいよ。
ジェイ・ギリガンの技術力を甘くみてた。やっぱりヤツは基本的に何でもうまい。センスいいよなぁ。カズン・ブラザーズの5ボールスチールいろいろルーチンがおもしろかった。フランソワの6バトンがすごかった。
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2005年08月25日
体重増から逆算するジャグリングの運動強度
練習をやめて3週間ちょいで、60kgから63kgに3kg増えた。はじめて体重計にピピッと怒られた。
身体にたまった脂肪は、1kgで7000カロリーに相当するらしい。ということは、1週間に1kg増えたぼくは、このところ、1日に約1000カロリーも摂取オーバーしているということだ。逆に言うと、ジャグリングで平均して1日に約1000カロリー消費していたということになる。
平日も休日も含めた1日の練習時間は平均すると1時間半ぐらいだったように思う。たぶん。とすると、1000÷1.5ということで、ジャグリングは1時間あたり600カロリー消費するという計算になる。急ぎ足(320カロリー)やゴルフの打ちっぱなし(285カロリー)よりは激しい運動で、水泳の平泳ぎ(768カロリー)よりは緩いということで、まあ、そんなものかな、という気がする。しかし、テニス(491カロリー)よりも消費カロリーが多いとなると、うーん、微妙か。まあテニスといっても戯れる程度のものから、激しい試合までいろいろあるので、練習内容によってはジャグリングがテニス並みの運動になっても全然おかしくない。
ともあれ、ジャグリングの練習による消費カロリーは、1時間あたり500カロリーぐらいじゃないだろうか。ちなみに、ぼくは体力が持つ限り体力系の練習をして、疲れたらボディースローでリラックスというように、ぼくはジャグリングの練習をはじめたら1時間とか2時間、休まず何かしらやり続けるほうなのでした。
3kgの脂肪は約2万カロリー。40時間ぶっ通しで練習しても大丈夫ってことで、肩が治るのが今から楽しみです。
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2005年08月24日
激痛再び
ここしばらくマシになっていた肩の痛みが、昨夜、急にひどくなった。動かすのが痛いとかじゃなくて、座っていても、立っていても、横になっても痛い。重力に引っ張られる腕の重みが恨めしい。ずきんずきんと拍動に合わせて痛むし、少し加重がかかるだけで激痛が走る。終電間際で家に帰り着くころには、息が荒くなり、吐き気がするほど痛くなっていた。久しぶりに生きているのがイヤになった。市販の痛み止めを飲んで就寝。
故障したなという自覚のある日から3週間以上も経過していて、それなりに症状は改善していたように思ったのに、これはいったい何だ……。そもそも「バキッ」とやって、「やっちゃった」ではなく、かすかな自覚症状として予兆があって、その翌日に激痛がくるという亜急性とも言うべき発症の仕方が不思議。それを時間感覚をあけて2度、繰り返しているところがよくわからない。
仕事がたまっていたけど、朝、早起きして近所の大きめの病院、三田国際通りの東京済生会病院へ行ってみた。
受付から会計まで、いやにIT化されたシステムで効率よく患者をさばくのに驚いた。診察カードとデビットカードを入れると領収書と処方薬受け取り番号がぴろーんと出てくる。何をやるにも待ち時間が短い。もはや本を読む気も起きず、息をしているのもイヤになるほど痛みがひどかったので、待たされないだけで、何ともありがたい。
整形外科の先生は「ジャグリング」という単語に、やっぱり「大道芸の?」と反応してたけど、あまりよくわかってなかったらしい。簡単な問診、打診のあと、腕の可動性テストをした。何かフローチャートのようなものに従って部位を特定しようとしているのか、肩関節の動きを何通りにもテストするのだけど、ほとんど全部でロクに動かない。皮肉なことに、痛めた原因であるはずのバッククロススロー(腕を背中に回わした位置で頭に向かって投げあげる)の動きだけが、痛くならずにできる。
問診のあと、すぐにレントゲン撮影へ。現像写真を受け取ると、肩のあたりに素人目にもハッキリとわかる白っぽいナニカが写ってた。何となくイヤな感じ。写真をもって先生のところへ戻ると、診断は「石灰質沈着性腱板炎」。肩に白っぽい液状の粉が貯まり、それが原因で炎症を起こすというものらしい。石灰質と総称しているものの、実際にはリン酸カルシウムだったりピロリン酸カルシウムの結晶だったりといろいろだとか。石灰質沈着性腱板炎は、かつて五十肩の一種と考えられていたけれども、いまは別個に捉えられて治療されてるんだいう。
石灰沈着性腱板炎(石灰性腱炎ともいいます)は、腱板に沈着したリン酸カルシウム結晶によって肩峰下滑液包の炎症が生じる、結晶性滑膜炎の一つです。結晶性滑膜炎の代表は痛風ですが、石灰沈着性腱板炎も痛風に匹敵する強い疼痛と運動制限をきたします。典型的には、急激に発症し、1~2週間ほどで次第に痛みと運動制限が軽減します。沈着した石灰はいわば炎症の燃料のようなものですから、これを早く除去することは患者の痛みを早く消退させる意味があります。(獨協医科大学整形外科助教授・玉井和哉、エーザイのサイトより引用)
レントゲン写真に写った白い部分は短冊状に肩の中央を上から下にわたって幅1、2センチ、長さ4センチほどで広がっていた。ネット上で検索した結果、ぼくのレントゲン写真ほどくっきり広い領域にわたって石灰質がみえる症例は見あたらない。のに、写真を撮るのを忘れてしまった……。こんど行ったら忘れずに撮ろう。
痛みの自覚症状とレントゲン撮影の結果、それにウェブで検索しまくった記述を比較すると、石灰質沈着性腱板炎という診断に間違いはなさそうに思える。でも、腱板断裂という可能性はないんだろうかというのがちょっと心配。ネットにある症例に比べて、ぼくのケースでは異様に腕が動かなさすぎる。腱板は造影剤撮影するか、MRIで見ないとわからないらしい。
「そもそも何で石灰質が出てくるんですか? 何かを保護しようとでもしてるんでしょうか」と質問したら、先生は、やや間をおいて苦笑いした。「さあ、なんででしょうね」。医療って症状の特定と治療法、その経緯なんかを収集するのがもっとも大切だから、案外こういう自然治癒してしまうようなものって、そのメカニズムが解明されてなかったりするんだなぁ。石灰質沈着は痛風で尿酸結晶ができるのと同じで、体質や加齢と関係しているらしいことぐらいはわかっていても、何でかという原因はわかってないんだとか。運動で急に起こるってのも、よくわかんない話だ。だいたい、結晶自体は物質的に無害でフィジカルな損傷もないというのに、なんで痛く感じられなければならんのだ? 痛風には尿酸値の異常を知らせるメリットがあるけど、運動で起こる石灰沈着は? ジャグリングの神の逆鱗に触れた?
なぜ石灰が溜まるのかとなると、まだ判然とはしていません。ただ、肩関節の動きにまで影響するほどの手先の仕事が多い主婦や学校の先生などによく起こり、肉体労働者にはあまり見られない点で、どうやら、肩を外転して手先を使うことの繰り返しが、肩の腱(腱板)の弱いところに無理を生じさせ、そこに変性を来し、石灰沈着するものと考えられています。(渡辺 甫氏、白山ののいち医師会のサイトから引用)
という記述がある。「肩を外転して手先を使うことの繰り返し」ってジャグリングそのものじゃないのかしら……。
炎症を止めるために注射を打ってもらった。肩に注射針をずぶっと刺す。注射針をみつめていても平気なほうだけど、丸い肩に垂直につきたてられた針がグリグリ動くという視覚的イメージが、実際の痛みをいくらか増しているような気がした。針は痛くないけど、肩のなかの何かが痛い。「石灰質を抜いてみましょうね」と先生。「これでチュルチュルっと抜ける人もいるんですよ、、、うーん、あれ、出てこないなぁ」とグリグリ、チュルチュル。指で触れただけで痛いというのに、そんなグリグリと……、あーーれぇーーー。めっちゃ痛い。冷や汗いっぱいで涙がちょちょぎれる。後でネットで調べたところ、液状の石灰物質を注射針で抜き取るのは治療法として一般的らしいけど「局所麻酔してから」って書いてあるやんか。まあ麻酔なんてしないで済むならしないほうがいいんだろうけど、、、生涯で経験した痛みトップ10に入るかも。いや、局所的だし時間も短いし、たいしたことないか……。
電車に乗っている間、あまりに痛いので、まったく仕事なんてできる気がしなかったけど、1時間後には痛みが鎮静。動かさない限りは痛くないという状態にまでは改善し、何事もなかったかのように1日は過ごせた。
石灰質沈着性腱板炎で見つけた良さげな解説のリンクは以下のとおり。ジャグラーをはじめ、肩を酷使するスポーツの方々はご参考にどうぞ。
- http://www.tahara-seikei.com/725.htm
- http://www.imcc-med.com/kataitami3.htm
- http://www.okinawa.med.or.jp/old/ippan/kenkou/000415.htm
- http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec05/ch074/ch074e.html
- http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec05/ch074/ch074e.html
投稿者 ken : 23:38 | コメント (2) | トラックバック
2005年08月22日
ブランクが長くても腕は落ちない
右肩が、またひどいことになっている。少し改善したので、3つのカスケードや53を投げたりしていたのが悪かったのか、1週間ぶんぐらい戻ったような痛み。痛みが始まってからそろそろ3週間というのに、治る気配がない。
いろいろと不便さはあるものの、生活に劇的に困るというほどでもない。だから多少故障期間が長引くのいいのだけど、せっかく練習してきたジャグリングの腕が落ちるんじゃないかと、そのことが心配。
それで、またモーターラーニングの本をひもといて、運動の記憶がどのように時間変化するのかを調べてみた。よく言われるように錆び付くのか、あるいは一度覚えた自転車の乗り方を忘れないように、ジャグリングの技も忘れないものなのか。
経験的にはしばらく練習しないと腕は明らかに落ちるんだけど、多くの実験結果が示す一般論は、継続した運動の学習は、きわめて長期間にわたって保持される、というものらしい。
たとえば、こんな実験。小さなコックピットのようなものに座り、ペダルとハンドルを手足で前後左右に動かし、目の前のターゲットを3次元的に追いかける。このタスクを約半年の練習を続け、その後、被験者グループを3つにわけ、9ヶ月、12ヶ月、24ヶ月のブランクを置いて、再びテストする。すると、意外にも(?)、この3つのグループの成績は、ブランク直後でこそやや差が出るものの、少しのトレーニングで、すぐにブランク以前のスコアと同等レベルに戻るという結果になる。
同様の実験は、さまざまなタスクや条件で1950、60年代から繰り返し行なわれていて、どれも、「運動記憶は長期間にわたって失われることなく保持される」という一般論を支持する結果になっているという。
昨日久しぶりにピアノに向かってガックリ来たけど、短期間で、頭で覚えたような動きは忘れるらしい。3、4度にわたって各1時間ぐらいずつ練習してかすかに弾けるようになったピアノのメロディーは、数週間できれいサッパリ忘れていた。これは運動の記憶じゃなくて、鍵盤上のイメージで覚えていたからじゃないかと思う。
ジャグリングは、1年以上にわたって繰り返し練習したのだから、たぶんそうそう忘れないのだろう……。と、思いたい。
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2005年08月20日
トマトスピニング
いやはや肩が痛いです。ぜんぜん治る気配がない……。
小さなトマトが、いやにシリコンボールになじむのでパームスピニングの練習をしてみた。翻弄される小さなトマトが、ちょっとかわいいような。
投稿者 ken : 23:11 | コメント (0) | トラックバック
2005年08月19日
ガットーとポストモダンなジャグリング
残念なことに、ガットーがWJFの公式招待を蹴ってしまった。いや、「蹴った」というのは正しい表現じゃないか。
WJFのサイトのトップページには、「World Juggling Federationは、2005年のWJFコンペティションで競技に参加するよう、公式にアンソニーガットーを招待いたします」とある。これを見たガットーの反応は早くて、この招待に対する謙虚な謝意を表し、丁重な辞退の言葉を述べている。さらに競技でないのであれば、WJF会場でショーをやることはやぶさかではないというコメントを発表している。
「自分は、競技としてのジャグリングキャリアのピークは過ぎているのです」と、辞退の理由を淡々と、いや、堂々と述べている。モンテカルロの国際サーカスフェスティバルでゴールデン・クラウン賞を勝ち取ったことで、自分は競技ジャグリング人生に幕を下ろしたのだという。周囲がまだまだ全然現役でWFJだろうがIJAだろうが勝ちまくれると思っているほど、ガットー本人には競技的なジャグリングで現役意識はないというだけのことだったようだ。
自分の受賞を「歴史的な勝利」と言うあたりに、ちょっと日本人的には驚かざるを得ないけど、こういう堂々とした言い方は気持ちがいい。本当に歴史的な勝利だったと聞いているし、ジャグリング技術で頂点に立ったのは間違いないと思う。
まだ30歳そこそこなのに立派な文面だ。頂点を極めたという自負、プロパフォーマーとしての矜持、ピークを過ぎたと認めてそれを口にする勇気、招待してくれた人々に対する気遣いなんかが、いいバランスで表現されている。一気にガットーが好きになった。
誘ってもらえたことが本当にうれしかったようで、メッセージの最後でも、「ほかにいくらでも偉大なジャグラーがいるのに、私を候補に選んでくれて本当にありがたく思います。これは本当に私にはうれしいことなんです。イベントの成功を心からお祈り申し上げます!」と結んでいる。
しかし、「ピークを過ぎた」というのは、とてもそうは思えないんだよなぁ。まあ、確かにガットーのベガス・スタイルとも言うべきジャグリングスタイルは、やや古くて、WJF的、ディーツ的ジャグリングとは違ってきている。そういう意味では時代が変わってしまったのかなと思う。ガットーは、かつて頂点を極めた天才だから、いまさらジャグリング界が、やいのやいの言って引っ張り出すような人ではないのかもしれない。洗練されたパフォーマンスを、尊敬の目で鑑賞すべきものであって、「競技に出てくれ」というのは、ちょっと違うように思えてきた。
ジャグリングの歴史の見方というか、スタイルの分類として、クラシック、モダン、ポストモダンというのがありそう。大道芸、サーカス、ラスベガス・ショーはクラシック。ある意味では普遍的なんだけど、ぼくのような趣味ジャグラーには古く感じられる。ガットーって、ここにいる。
で、モダンなジャグリングとして、アバンギャルドとかアーティスティックなパフォーマンスがある。ルーカ・ルーカとか、先日のJJFゲストのヴィレ・ワロとかも、この系譜か。シルクドソレイユも、このへんなのか。
ほんの10年とか20年前まで(日本だと5年?)、趣味のアマチュアジャグラーが集うジャグリングコミュニティってなかったんだろうけど、いまジャグラーというと、ここの層が厚い。これは4000年(笑)のジャグリングの歴史を通して、いまだなかったことだろう。アメリカを中心として、遊びでジャグリングを楽しむ層が一気に増えた。で、そういうジャグラーがどういうジャグリングを目指すかというと、もはやアバンギャルドでさえ先進的に見えないような、パロディ(模倣)とオリジナリティ(差異)が微妙に交錯する境界面で、猛烈な速度で純技術志向とディテール発掘に傾いたポスト・モダンジャグリングを目指す。って、いや、もう自分でも何を書いているのかわからなくなってきましたが……。
ルーク・バラージのサイトスワップBGMルーチンは象徴的。あれはノンジャグラーに見せてもしょうがないし、かといって技術という面でみても、そうたいしたことをやっているわけでもない。アバンギャルドなアートというのとも違う。あれは何かというと、それはもうアマチュアでありながら、深くジャグリングにコミットした趣味ジャグラーたちに向けて作られたオマージュ・パフォーマンスでしかありえない。
どうも、東浩紀という年若い思想家を思い出す。ジャグリングオタクはジャグリング界の言葉やルーク・バラージのルーチンが、世間に通用しないと知っている。それでも楽しくてしょうがない。ここには、たこつぼ化する世界観の中で生きるオタク的な情報消費の構図があるんじゃないかと。
それは、ポストモダン的消費行動を読み解くキーワードとして東浩紀があげる「データベース」というものに、まんま対応してるように思える。もともと物語の消費とか、感興を催す芸術の鑑賞というのは、個々人やコミュニティーの記憶をリソースとしている。物語によって喚起される個人的体験や記憶こそが、もっとも大切なリソース。というように、「楽しい」とか「ハマる」とか、ある世界に没入するためには個々人の記憶による「文脈」が必要なわけだけど、その文脈(記憶)というものの孤立性が高まっている。東さんの指摘は、そんなのだったように思う。もはや従来哲学で言う意味での「世界」というのは把握できっこないぐらいに肥大化、あるいは複雑化していて、人々は「大きな物語」をリアルに感じられなくなっている。ナントカ主義とか革命に血道を上げるような若者はいなくて、断片的記憶を集めてカタログ化するデータベース的な遊びを延々と続ける。だから、最近流行の物語では、エヴァにしても、ハリーポッターにしても、ガンダムにしても、延々と似たようなディテールばかりが再生産される。端から見てると、何が新しいのか、何が違うのか、よくわからないキャラやエピソードを片っ端から集めてオタクは喜ぶ。それに飽きたらず、その世界観に自然と収まるエピソードを自作することを楽しみとするという2次的消費すら活発になっている。
いまのポストモダンなジャグリング(と、すっかりそんなジャンル分けがあるかのごとき書き方ですが)も、もう完全にオタクの巣窟だよなと、冷静に立ち止まって考えると思わざるを得ない。「マニアック」「ディープ」は褒め言葉だけど、マニアックな技というのは、つまり非常に文脈に依存したパロディであり差異化の運動であることが多い。一般人を完全においてけぼりにしつつ、データベースの間隙を埋め、あるいはデータベースを豊かにし、オタク仲間を熱狂させる。
可能なサイトスワップを数え上げてやり尽くすようなことも、きわめてデータベース的消費だ。ルーク・バラージはデータベースのインデックスをパフォーマンスにしてしまった。
うーん。いや、趣味というのは、いつの時代もそんなものだったわけで、ようやくジャグリングも一般人の趣味になったというだけのことかもしれない。そしてデータベース的趣味に耐えるだけの間口の広さや多様性、深さを備えた、と。でもまあ、ジャグリングのスタイルを考えるとき、こういう歴史的変遷を考えたほうがいいのかなと思った。ガットーはデータベースから何かを出し入れして遊ぶような人ではないのだな、たぶん。
ぼくはもちろんデータベース肯定派。ちまちまと技とサイトスワップ収集しますよ。上達したら、ポモなジャグしたいねぇ。
で、“ポモジャグ”ですが、元ネタは、NationMaster.comというサイトで見つけたEncyclopedia: Juggleの項の解説です。ざっと読んだだけで、ポストモダンとかモダンの用語の意味付けは勝手にしましたが……。
投稿者 ken : 23:59 | コメント (6) | トラックバック
2005年08月17日
逆手53がかすかな伸び
左手系が全然伸びないと思ったばかりだけど、逆手53で84→106キャッチと記録が伸びた。4ヶ月も前の記録からの更新なので、伸びたっていうか、忘れてたものを練習しはじめて、何となく思い出しつつあるという感じだったりして。逆手4シャワーも自己記録に並びそうな50キャッチ前後は結構出るので、そろそろ伸びそうな予感。やっぱり練習すれば伸びるし、練習しないと伸びない。それだけのことじゃないのかしらと、そんなことを思いつつ右肩をなでています。逆手3シャワーのときも、ぜんぜん伸びそうになかったものが、集中して練習したときにグングンと伸びたという経験がある。
経験的に言って逆手53の調子がいいと、左手の感触がいい。で、それに連動して5ボールカスケードも安定感も増すので、右肩が治るのが楽しみ。
しかし、高い投げは左手だけに限定しているとは言え、やっぱり右肩にも負担はかかるようで、投げ終わると少し肩が痛む。やっぱり完全安静が必須なのか。「どこかを痛めたときのジャグリングの練習では後悔ばかりですよ」と怪我と練習の関係について言う人が多いけど、ホントにそうかも。ぢっとしてれば治りが早いのかもと思っても、ついつい……。
そういえば、アップし忘れてた。ビハインドザネックの練習風景。例のごとくへぼいですが。動画を見直してみると、やっぱり完全にブラインドでキャッチしている。
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2005年08月16日
左左左
肩を故障してから、もう2週間も経つというのに、いまだ完治せず。練習できないストレスもあるけど、腕が落ちてるんだろうなという予感があるのが悲しい。まあ、趣味なので、また楽しんでやっていけばいいだけのことなんだけど。
とかいいつつ、右肩が痛まないことだけは、少しやっていたりする。簡単なピルエットとか、ビハインド・ザ・ネックとか、左手の3in1とか。左手の4シャワーとか、逆手53とか、5313という変則的531とか……。うーん、けっこう投げてるやんか。
フラッシュが上達したのか、おととい3ボールの2アップピルエットが17回連続で成功した。2アップで30回ぐらい連続でできるようになれば、3アップの成功率もぐっとあがるんじゃないかと期待。
ビハインド・ザ・ネックは、なんか周囲のジャグラーとやってることが違う気もするけど(キャッチ位置が首に近く、ブラインドキャッチ気味になっている)、かすかに上達の気配がある。1ボールの練習だと、左右連続で10キャッチ程度続くこともある。カスケードに右側単発を入れると、成功率30%ぐらいか。6カウントで最高3連続成功。いまの予想は、ともかく大量に投げることで頭の後ろに目ができてくるのかなという感じ。今は足を動かして身体を回転したり、やや立ち位置を移動したときに、ボールの落下点がどこになるのかわかってないけど、こういうのって大量に経験すれば、小脳が計算してくれるようになるものなんだろう。たぶん。
左手側の53、4シャワー、3in1は、どれも上達する感じがない。右腕はほとんど固定しているだけなので、あまりちゃんと投げらないってこともあるのかもしれないけど、3in1は関係ないしなぁ。3in1は、やってもやっても全然伸びる気がしない。だいたい10~20キャッチ、調子がよくて30キャッチというところ。
左手の高い投げの練習は、上達の実感こそないけど、きっと遠からず結果に結びつくはずという予感があるから、右肩故障の今の間にたくさん練習しておくといいのかもなと思っている。上達は必ずしも数字上の伸びに現れない。現れないけど、上達は、いつだって練習量に案外キレイに比例して起こっているものだ。
投稿者 ken : 23:00 | コメント (2) | トラックバック
パチカという楽器を購入
ジャグリングとは関係ないけど、JJFの会場の即売会場でナランハの中嶋さんにだまされて(笑)、「パチカ」というアフリカルーツの打楽器を購入しました。短いひもの両端に、砂粒の入った丸い玉が2つ。それを指に挟んでくるくる回して打ったり、握ってリズムを刻んだりする。
むかし飲み友達にスタジオミュージシャンがいて、そいつに見せてもらったことがあったので、初めて見たというわけではないのだけど、ナランハ店員の華麗な実演をみて、がぜんやってみたくなったのでした。ジャグリング的な要素が強いけど、ジャグリングほどオタクっぽくない(?)
ぐるっと回ってきたボールを握りこむタイミングが最初はむずかしく、ちょうど、初めてあごでボールをキャッチしようとしたときのようなズレが生じる。きたっと思ってからあごでボールを挟んだのでは間に合わなくてボールが落ちてしまうのと同様、パチカのボールも、最初は手を握った瞬間にはボールは手のひらから出て行っているという感じになる。それでも、30分ほど振っていると、かすかにリズムが刻めるようになってきて、これがなかなか楽しい。1、2週間もやれば両手で基本的なリズムは刻めるようになるらしい。ジャグラー的に言えば、シンクロとアシンクロまでは行きたいところだ。
華麗な演技は、パチカの開発者でありインストラクターでもある吉田ケンゴさんのページで見られます。そっか、パチカというのは「パチ」という関西弁的な擬音語があってヘンだなと思ったけど、日本人が開発したものだったのか。アサラトやバチカという名前の西アフリカの楽器をヒントに考案したものなんだとか。
あ、値段は両手分のセットで850円でした。プラスティックのものは練習用で、実演用にはクルミのような木の実を使った、もう少しお高いものもある。詳しくはナランハのパチカ通販ページでどうぞ。
投稿者 ken : 09:52 | コメント (1) | トラックバック
2005年08月15日
JJF2005終了
JJF2005@大阪、8月12日(金)から14日(日)まで全日参加してきました。最後、新幹線の時間の都合で閉会式の途中で抜けてしまったけど、宴会も含めて、ほぼフル参加。いや、「フル」と言いたいところだけど、やっぱり肩が痛くてジャグリング自体はほとんど楽しめなかったし、ワークショップ関係も、右腕が上がらないのでほとんど遠慮してしまったのでした。肩を痛めた原因のはずのバッククロスのワークショップには、片腕だけで参加したりと、そこだけは執念か怨念のようなものを発揮したけど。
肩が上がらずボールが投げれないので、仕方なしに会場の隅っこのほうでバウンスなど試してみました。3ボールリフトから地道に。地道にやっていると、滋賀県の高校生が「あっ、貴重なバウンサー発見!」と声をかけてきてくれて、あれやこれやといろいろ教えてくれた。5ボールリフトは10~15キャッチで破綻してしまうけど、何となくできそうな気がしてきた(半年ぐらい前にも同じことを言ってたけど……)。バウンスの441や、ファウンテン、フォースも肩が治るまで練習してみるかなぁ。
投げれない上に、たとえ投げれたとしても、周囲とあまりにレベルが違うというほど会場のジャグラーたちは真性ジャグラーっぽい人ばかりだったので、柄にもなく萎縮してしまったかも。たくさん名刺も刷ったけど、ほとんど配らず仕舞い。少しずつ声をかけたり、ネット上でだけ知っている人と挨拶したりはしたけど、ほとんど交流らしい交流ができなかったのが残念。萎縮してたというより、やっぱり「みんな投げてるのに自分は投げれない」ということで、気分的にふさぎ気味だったのかも。新しい人との交流はなかったけど、すでに知っている関東のジャグラーさんたちとは、いろいろと話ができたので、それはそれでよかったけど。
フリーパフォーマンスやチャンピオンシップ、ゲストステージは、どれも新鮮。生で大道芸じゃないパフォーマンスを見るのは初めて。特にフリーパフォーマンスなんかだと、みんな楽しそうにジャグるのがいいなと思った。チャンピオンシップは、今までのJJFがどうだったのかわからないから何とも言えないけど、パフォーマンスとしての完成を目指している人と、ともかくジャグリングを見せるという人の差がずいぶんハッキリしてるんだなと思った。どちらがいいかは好みということだろうけどパフォーマンスのほうが見ていて楽しいし、安心感があるもんだなーという感想。
ゲストステージの池田洋介さんのパフォーマンスを見ていて思ったけど、自分のなかにジャグラーとしての視点と、非ジャグラーとしての視点が同居している。大きめのボールを1個取り出せば、「ははぁ、コンタクトか。リジッドボールを使ってるのかな?」と考えてしまうジャグラーの視点があるいっぽう、ボールがするりんと腕を滑って効果音が鳴ったりするところでは「あっ、なるほど、ここはジャグリングを知らない人が見たら、鳥肌が立つような新鮮な驚きと快感を感じるだろうな」という視点。いずれにしても、池田さんのステージは、次に何が起こるんだろうという期待が、ずっと継続するとても楽しいものだった。チャンピオンシップの後でみたから、技術レベルとは違う、パフォーマンスレベルでの圧倒的な完成度が際だっているように思えた。
練習中にココアさんや森田君の見せ場のようになる、ふとした瞬間や、サイモンセッズで残り数名になって難易度の高い技をばっちり決める瞬間など、そうしたジャグラーたちが一斉に「おーっ」と歓声を上げる瞬間っていうのがいいですね。狭い体育館が一体感に包まれる感じ。ふだん周囲の人と、あまり(ぜんぜん?)ジャグリングの感性を共有できないでいるジャグラーたちのカタルシスというか。同じ何かをみて一斉に「おぉ」と思えるのって、趣味を共通にする人々が集うよさでしょうか。来年のJJFは代々木で開催ということだし、今から楽しみです。
投稿者 ken : 10:33 | コメント (4) | トラックバック
2005年08月10日
JJF出発
一足お先に、これから大阪に出発です。パソコンは置いていこうかな、と。みなさま、JJFの会場でお会いしましょう。あでゅー。
投稿者 ken : 08:40 | コメント (0) | トラックバック
2005年08月09日
JJF用名刺を作った
名刺作り、意外と楽しかった。
投稿者 ken : 21:30 | コメント (3) | トラックバック
グラハム数の、あのグラハム
佐々木たくぞーさんが、ピーター・フランクルと偶然会ったときに聞いたという話。『僕の師匠は今年70歳(だか80歳)になるんだけど「そろそろ5クラブカスケードを練習し始めるよ」と言っていたよ』と言ったそうだ。でまあ、70歳でそんなことを言うんだから、トシ取ったからってジャグリングの練習ができないってことはないよと。
そりゃまあそうなんだけど、ピーター・フランクルの師匠って、たぶんロナルド・L・グラハムという数学者じゃないかと思う。彼は頭脳も肉体も常人を超えた人だから、あんまり参考にならないぞ(笑)
- グラハムの写真。このページの右下にある12ボールジャグリングの写真(といっても、もちろんレタッチしたフェイク写真)を見た頃、ぼくはジャグリングに興味を持ち始めた。
- 奥さんによるグラハムの紹介。
グラハムは1935年生まれなので70歳。ピーター・フランクルが何かのエッセイにジャグリングとの出会いの話を書いていて、それによると、グラハムとの出会いがジャグリングをはじめたきっかけだったという。
ピーター・フランクルがまだ20歳のとき、同じハンガリー出身のエルデシュという天才数学者に会いに行ったらしい。エルデシュというのは文字通り空前絶後の多産な天才数学者だったけれども、その代償だったのか、エルデシュには生活能力がほとんどなかった。ずば抜けた数学的天才は、靴ひもを結んだり洗濯をしたりといったことはまったく興味もなければやりもしなかったという。そのためエルデシュには生活上の後見人が必要で、グラハムとグラハムの奥さんが面倒を見ていた。と、そんな話をエルデシュの伝記で読んだ。
グラハムはIJAの会長をやったこともあるし、アメリカ数学協会(AMS)の会長をやったこともあるという人。トランポリンや逆立ちが得意なアクロバット好きで、ピーター・フランクルが初めてグラハムを見たとき、グラハムは壁のあいだに挟まって逆さになったまま挨拶をしたらしい。ピーターさんは、その場でグラハムにジャグリングの手ほどきを受けて開眼したとエッセイで語っていた。
グラハムは、ジャグリングよりも数学ではるかに有名な人で、特にギネスブックにも載っているという「グラハム数」で広く知られている。グラハム数は、何かの定理を証明するのに使った「人類史上最大の数字」ということになっている。数学的に意味のある数字としては最大の数字。べき乗のべき乗のべき乗……と、際限なくデカい数字を構成する話を読むと、かなりめまいがする。グーグルの社名の由来になったグーゴル数(10の100乗)とかグーゴルプレックス(10のグーゴル数乗)とか、そんなの比較にならないぐらいでかい。
グラハムは才人で、中国人の奥さんと結婚して、あっという間に中国語もマスターしたという。「1日には24時間あるんですよ。言語の1つや2つ、何とでもなるよ」と言ったんだとか。
ともあれ、グラハムの弟子がピーター・フランクルとすると、ちょっと不思議な気がする。というのは、ぼくがジャグリングをはじめようと思ったきっかけのひとつは、エルデシュの伝記にあったグラハムのジャグリング話だから。
で、ピーター・フランクルの弟子とも言えるのがナランハの中嶋さん。ぼくは中嶋さんのビデオでジャグリングに出会ったようなものだから、仮想的にはグラハム→ピーター・フランクル→中嶋→西村というジャグリングの伝染経路があるわけだ。グラハムの話を読んだときには、そんな流れがあり得るなんて想像だにしていなかった。
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2005年08月08日
ジャグリングの右と左
Richard Schmidt,"Motor Control And Learning: A Behavioral Emphasis"を読み始めた。拾い読みするつもりだったけど、どうせ肩が痛くてジャグリングの練習もできないし、夏休みで時間もあるし、というので、ちょろちょろと頭から読んでみた。
過去100年ちょっとのMortor Learningの研究史と、エポックメーキングな実験をしたり理論を発表した研究者を紹介する章は斜め読み。続く章は人間の情報処理の理論モデルの話。「認知-処理(判断)-運動準備-運動」という流れの最初の部分。
鼻血が出そうなほどおもしろい話がいっぱいあるけど、いちばん驚いたのは「ヒックの法則(Hick's Law)」と呼ばれているもの。発見は1950年代のこと(元になったMerkelという人の実験はもっと古くて1885年)。
光の明滅などの入力刺激に対して、ただ素早く反応してボタンを押すという実験より、もう少し込み入った、光の色によって2つのボタンを押し分けるというような実験をする。あるいは、表示された文字の種類によってボタンを押し分けるというように、「刺激信号-反応」の対応が複数あるような、ちょっと難しい課題の実験。
「光ったら押す」テストで反応速度は150ms程度なのが、「赤が光ったら右」という判断が必要なものになると100ms程度遅れる。で、ボタンの数と反応時間の関係をグラフにプロットすると、提示刺激の種類(ボタンの数)が2倍になるごとに反応時間が150ms伸びるという関係が見いだされる。片対数グラフに書くと直線になる。反応時間=a+b[log2(N)]という関係。
これだけでも「へぇ」と思ったのだけど、驚きは、このlog2の意味。これが何を示しているかというと、「処理しなければいけない情報量」なんだという話。あり得るN個の選択肢というものの情報量は、2進法でlog2(N)ビット。なるほどじゃないですか。脳の処理モデルが、こんなにキレイに定式化されてしまうなんて驚きだ。
3次元空間中で回転した3次元ブロックの平面図が、元のブロックと同型かどうかを判定するという課題をやると、判定にかかる所要時間が、ブロックの回転角度に比例するという実験がある。頭のなかで図形を実際に回転させているから、回転角が大きいほど時間がかかるんだという「メンタル・ローテーション」の話に似てるなと思った。
人間の脳の処理って、けっこう合理的だよなー。
ヒックの法則には例外があって、その例外の研究がまたおもしろい。「刺激-反応」が被験者にいかに自然に感じられるかによって、結果が変わってくるんだという。日本人なら「1」という刺激から「一」を、「4」から「四」を選択するのはきわめて自然で、この場合にはヒックの法則は成り立たない。それはこれらの刺激と反応の組み合わせが、訓練によって非常に強く結びついてしまっているから。
8本の指に刺激を与え、刺激を受けた指でボタンを押すという実験をやっても、ヒックの法則は成り立たない。直感的にわかるように指の数と反応時間は、さほど関係しない。指が4本でも8本でもさして違わない。
逆に、「刺激-反応」が不自然であると、自然と起こる反応を抑制しなければならなかったりする。“サイモン効果”というのがおもしろい。右耳と左耳に「みぎ」「ひだり」という音を聞かせる。右耳だろうが左耳だろうが、被験者は言葉にしたがって右手のボタン、左手のボタンを押すよう求められる。ところが、右耳に「ひだり」という音刺激を与えると、左ボタンを押すまでの反応時間が非常に遅くなる。
刺激と反応の互換性(S-R compatibility)という言葉で呼ばれる、この「自然さ加減」は空間に関係するもので、特に強いらしい。
ジャグラーに関係しそうな話だけど、腕をクロスしたときに何が起こるかという実験がある。
- 右側の光が光ったら右手でボタンを押す、左側の光が光ったら左手でボタンを押す
- 右側の光が光ったら左手でボタンを押す、左側の光が光ったら右手でボタンを押す
- 腕をクロスした状態で右側の光が光ったら(右側にある)左手でボタンを押す、左側の光が光ったら右手でボタンを押す
- 腕をクロスした状態で右側の光が光ったら(左側にある)右手でボタンを押す、左側の光が光ったら左手でボタンを押す
ということをやると、反応時間は1<2であるのは当然。驚きは3<4となること(ちなみに1<3)。ぼくらにとって腕は右腕か左腕かということより、いま右にあるのか左にあるのかということのほうがクリティカルということだ。考えてみたらこれは当然で、右側にある物体を操作するときに、たとえ左手を使おうが、いったん左手が右側にきたら、それはもう「右」の腕だ。そう認識したほうが、ずっと自然だし、そうじゃないと、たぶん生活がこの上なく不便になる。
手元を見ずにキーボードを打つ「ブラインドタッチ」でも、似たようなことが起こっていると、入力デバイスの研究をしている人に聞いたことがある。キーボードを真ん中でふたつに折って目の前で合掌するような形で使う特殊なキーボードは練習なしに、誰でも打てる。ところが、同じふたつ折りでも掌が上に向くまで回転させた形になると、とたんにまったく打てなくなってしまうという。指が置かれているのは、それまでどおり、左手ならA、S、D、Fと変わらないしキー配列の相対的配置は変わっていないはずなのに、まったくどこにどのキーがあるのか、わからなくなってしまう。これはぼくらがキー配列を指に関連づけて覚えているのではなく、実は目前にマッピングされた配列を覚えているんだという証拠。ブラインドタッチを覚えるというのは、左手の中指が「E、D、C」だというふうに覚えているんじゃなくて、実は「E、D、C」の空間的位置を、ぼくらは覚えていて、たまたまそこに左の中指があるという感じのほうが現実に近いらしい。
と、そういう空間的位置と行為の強い結びつきのことを考えると、ジャグラーとしてはウィンドミルやミルズメス、あるいはクロスアームド・リバースカスケードあたりを思い出す。あるいはボストンメス。このへんを習得するとき、「このボールは空間上を、こういう位置上を、こう動くはず」という視覚情報を優先して手のことを忘れるという方法論は、実はけっこう意味がありそうだ。右手が左に動いてそこから右に投げるとか、そういうふうに考えるよりも、ボールの動きを優先的に考える。手はリズムよく、交差させるとかするだけ。そのときどきで、どちらの手を動かすかは、脳がちゃんと把握してくれているわけだから、あまり考えることないのかもしれない。ぼくはウィンドミルやボストンメスができるようになったとき、「何となくこんな感じ」でやったらできたけど、あれは、そういうことだったんだろうと思う。多くのジャグラーはミルズメスの動きを説明するのに、自分でやりながら自分の手を観察しないといけないんじゃないだろうか。ボールの動きは把握していても、それを生み出す手の動きのことは、あんまり意識していないという。
「刺激-反応」には自然なものと不自然なものがあるけど、それは生まれてからどういう環境に置かれてきたかという学習の結果でしかない。練習、訓練によって変わる。ドイツ人は電灯をつけるのに、スイッチを下に倒すらしいけど、彼らにとってはスイッチは上にあげて電気をつけるなんて不自然なことなんだとか。
投稿者 ken : 21:57 | コメント (0) | トラックバック
2005年08月07日
art my ass!
WJF2005のプロモーションビデオが公開されはじめたらしい(http://www.thewjf.com/2005competitors.html)。rec.jugglingでよくポストしたりビデオを公開してるイギリスのNorbiもエントリーしてる。Norbiはルーク・バラージとともに、ガットーが揶揄するところの「インスタント・ジャグラー」代表のような人だけど、さて実力やいかに。
オルガのクラブソロがずいぶん上達しているような……。6クラブで75をブンブン投げたり、7クラブもフラッシュしたりとか。アルバートも両側連続で安定している。
ヴォヴァのビデオの最後には、「art my ass」のメッセージが(笑)。ヴォヴァまでガットーを挑発している。英語でkiss my assといえば、オレのケツをなめやがれって罵倒語。kiss his assなら、おべっかを使うという意味。kick his assならやっつけるとか一泡吹かせるとか、そんな意味。だから、ジャグリングはartだと言ってるガットーに対して、アートとやらでかかってきやがれというぐらいのニュアンス。
で、ガットーはガットーで、また新たにビデオを公開したようだ。キックアップの基礎練で、さほどビックリするようなことはやってないけど、もう見ててアナタは何者ですかってほど安定感がある。あ、違う。ガットーだから驚かなかったけど、足で2クラブをジャグるってどういうことだ?
生活は楽になったけど、寝るときがつらい。JJFは左手でハット入門でもやるかなぁ。
投稿者 ken : 10:15 | コメント (0) | トラックバック
2005年08月06日
誤って捻り
どういう姿勢で横になっても痛くて眠れないし、立っていても座っていても痛い。せめてふつうの生活が楽になれば、あるいは寝ることができればというぐらいひどい。
クリニックに行って電気治療、超音波治療、マッサージほか、受けてきた。
上腕三頭筋か、あるいは肩の周囲にある細かい筋肉が損傷しているとの診断。程度はかなりひどいらしく、言われてみれば可動範囲が極端に狭い。
それにしても「路上で ジャグリングの練習中に 誤って捻り 負傷した」って…て。誤って捻ったじゃなくて、バッククロスをしようとして意図的に捻ったんだけどなぁ。そう説明したのになぁ。
今日はぐんと楽になった。
投稿者 ken : 17:05 | コメント (3) | トラックバック
2005年08月05日
生活に支障
ここ2日ほどで痛みがひくどころか、むしろ増している。ふだん気づかないけど、何をやっていても腕は微妙に動いているらしく、この微妙な動きだけでひどい痛みが走る。靴下をはくのに一苦労。キーボードを打つのも、大変。不思議なことに、痛まない位置というのがほとんどない。片方だけでよかった。両腕がこの状態だったらと思うと、ゾッとする。だって、両腕が使えないと、片手の練習さえできないってことだし(あほか) 左手3in1hand、20~30キャッチはいけるけど、それ以上はいけないなぁ。
JJF、ホントに見てるだけになりそうな気配になってきた……。はぁ。
投稿者 ken : 11:00 | コメント (3) | トラックバック
2005年08月04日
激痛
rec.jugglingで腱鞘炎が話題になると、みんな驚くほどそのジャグリング人生のどこかでどこかしら(といってもほとんど腕か手首)故障していて、なんでそんなに痛めるほどやるかなぁと他人事のように思っていたけど、ついにぼくもやってしまったのかもしれない。
右腕の肘から肩にかけて激痛で眠れない。起きていても、ちょっとした動きで冷や汗をかくほど痛い。よくわからないけど、俗に「スジを痛めた」という状態で、たぶん3日ほどしたら、あれは何だったんだというほど楽になるんだと、そう期待しているけど。
JJFまで後10日を切ったのに、もしJJFで投げれなかったらシャレにならんぞ。まあ投げなくて人が投げるのを見るだけでも、いいと言えばいいんだけど。
投稿者 ken : 18:00 | コメント (3) | トラックバック
2005年08月03日
右腕が痛い……
昨日、いつもより長めにバッククロスの練習をしたのがまずかったのか、右腕の肘から肩にかけて、ひどく痛む。ジャグれないどころか、日常生活に支障を来すほど痛い。肩が痛かったことはあるけど、ここまで痛いのははじめてだ。
いつもより多くといっても、ほんの10分ちょい練習しただけ。やっぱりふだん動かしてない方向や角度に、あまり急に動かすもんじゃない。
バッククロスも50キャッチぐらいできるようになろうと思い始めていたけど、いきなり出鼻をくじかれた気分。まずはストレッチから始めないと駄目なのか。
投稿者 ken : 11:07 | コメント (2) | トラックバック
2005年08月01日
世界のトップジャグラーたちの子どもっぽいケンカ
ジェーソン・ガーフィールドが、ボツとなって実際には公開されなかったWJF用プロモーションビデオを2本、自身のページで公開している。WJFのプレジデントと1週間ほど議論でやりあったけど、結局のところWJFの公式ページには掲載されなかったものらしい。ジェーソンはこの件で、ほとんどWJFを追放されそうになったんだと言ってるけど、どこまで本当なんだか。2006年のWJFには出ないかも、って、WJFってジェーソンの私物じゃなかったの? いやはや、スポンサーがつき、コマーシャルが絡むといろいろ面倒だねぇ。ジェーソンはWJFのディレクターたちを、事実上ほとんど名指しで「The WJF has no balls.(WJFは度胸がねぇよ)」と口汚くののしっている。こういうことをすると敵を作るよなぁ。くだらないことで敵を作って恨みを買うのって、結局損するだけだと思うんだけど。
で、2本のプロモビデオ。1本はヒップホップスターになりきったジェーソンが、なかなかそれっぽく歌っているというだけのもの。あまりに早口で何を言ってるのかよくわからないけど、どうもジャグリングのことで挑発的なことを言ってるらしい。rec.jugglingに歌詞を書き取ったポストがあったので、以下、引用。やっぱり露骨にガットーを挑発している……。ビデオで「自分は勝てる」と証明するのに躍起になってるだけじゃねぇか、アートだって言ってるけど自分だってビデオを公開することで結局は競争してるじゃないかと、そんな挑発。ジェーソン式のWJFへの招待状だったのかもしれないけど。
"is that art? I don’t get the point of your video showing moves you're never gonna hit in a show But your clips scream for attention like a banshee So you post videos trying to prove you could win As you throw up clubs and you spin and you spin You say you’re an artist but you sure ain’t the smartest You’re caught in between and you’re stressed and obsessed but the videos you post are only appreciated by those who you oppose and you turn your back on those because you think you know well it’s come time I suppose you didn’t know but now you’re exposed. You’ve seen the competition and you’ve seen the shows And now you’re competing with me through your videos And you try to prove That you could win 1st prize"
もう1本は、「Tricks that Anthony can't do.」というもの。笑える。ジェーソンって芸達者だなと思う。かなりエボニックス(黒人英語)の特徴を捉えてる。で、内容はアンソニー・ガットーを挑発しまくるもので、「ヤツが○○やってんの、みたことねぇ。やってねぇ。やってねぇってことはできねぇってことだ。ぜってぇ、ぜってぇできねぇ」と、次々と割と些細な指摘を続ける。たとえば、ピルエットの投げはじめの右左。アンソニーは必ず右から投げる、左からできねぇんだ、だから5クラブのピルエットの連続のときに間に「セットアップ(準備)スロー」を投げてるんだと言う。どうだっていいじゃん……。ていうか、ガットーならできるだろうって。
本気なんだか、子供のけんかをマジでやってるのか、よくわからんけど、この挑発に、なんとアンソニーが乗ってしまった!
ガットーのビデオクリップのページを見ると、新しいビデオが増えている。Pirouettesと名付けられたヤツが、まさにジェーソンの挑発に答えたビデオ。動画の冒頭にいきなり赤字で「WHAT?(何だと?)」と出てくる。おまいらガキかよ……。
以前、ガットーが7ボール10分のビデオを公開したときにも、前口上で「おれがいまからやってやっから、まあ見とけ」と言ってたりして、案外ジャグリング界の噂にガットーも敏感になってるんだなと思った。当時、7ボールで4分ぐらいの記録を打ち立てたジャグラーが話題になっていて、その噂を聞きつけて、これでもかと言わんばかりにガットーは見せつけたのだった。
で、今回のピルエットのビデオの冒頭では、ムキになった子どもっぽさ全開で、こんなことを言ってる。自室の部屋っぽいところでアームチェアーにゆったり腰掛けながら、ガットーは冷静を装ってはいるけど、内心では対抗意識を燃やしまくってるのが伝わってくる。「最近噂で小耳に挟んだんだけど、ジャグラーのなかに、ピルエットをして、続けてもう1度ピルエットをするとき、私が“セットアップスロー”を間に挟まないとピルエットができないって信じてる人がいるようだ」。ははは、まさにジェーソンの指摘だ。「これから、その噂が嘘だって証明しましょう。何ができるのか。たった5分。1日の練習で」。このへんの物言いが、子どもっぽいよ。
「みなさんの中には、私にできないことってあるんですかと、そういう風に尋ねる人もいるかもしれません。答えは、ノーです。私が“やらないこと”は--、答えはイエス。ありあまるほど時間があるわけじゃないんですよ」。ガットーって、かわいいところあるよな。
しかし、ガットーの実演にはぶっ飛ぶ。やっぱりジェーソンどころじゃない。5クラブピルエット連続の安定性を見れば、ガットーはトップジャグラーの中でも別格だと再認識するばかり。7リングでも左右連続でできるし、5ボールのオーバーヘッドでもできるし、もうやりたい放題って感じ。
「片手に4本まとめて回収してフィニッシュできねぇ。ヤツはいつも片手にまとめて、最後の1本はフリーになった手でつかむんだ。ヤツの手は小せぇ!」というようなジェーソンの指摘は、単なるギャグなんだろうけど、うーん、でもダブルやトリプルピルエットは? ガットーのクアドラプルピルエットは見てみたいなぁ。
ガットーに、もっと挑発に乗ってほしいと思うのはぼくだけ? db97531をやってほしい。今どきの難しいサイトスワップを覚えてほしい。以前リニューアルされる前のガットーのサイトには「サイトスワップなんて覚える気はないから、オレに教えようとしないでくれ」と書いてあった。そういう頑ななところとか、もったいないなぁと思う。
ジェーソンはWJFで競技としてのジャグリングを目指したいわけだろうし、だとしたら、そこにガットーを引っ張り出さないと意味がない。だから挑発してるんだろう。
二人が挑発し合ってすさまじいワザが生み出されるなら、それは昇華というべきだろう(言わない)。