2004/01/02(Fri)
じゃんけん必勝法
毎回必ず勝つという意味ではじゃんけんに必勝法はない。でも、十分に長い目で見たら確率的に予想される勝率よりも高い勝率を目指せる「じゃんけん必勝法」は、たぶんある。完全な乱数で来られたら、手のうちようがないけど、人間というのは乱数というものがどんなものだか、実は肌感覚では理解していない。乱数でない限り、何らかの戦略を取れば有利になりうるということ。
子どもの頃から、いくつか自分なりに必勝の法則を考えてきた。小学校の低学年は簡単。みんな気づかないだけで、ものすごくパターンや癖が存在するから。これが中学生ぐらいになってくると、かなり出す手がランダムになってくる。
実家から東京へ戻る電車の中で、何となく中学生のときから実践している必勝法のことを考えていた。ずっと長らく、何となく有利な気がするという印象は持っていたけど、どうしてなのかは考えたことがなかったし、確かに有利なのかどうかわかっていなかった。ところが、電車のなかで考えはじめてすぐ、豁然と霧が晴れるようにナットクできた。ぼくのじゃんけん必勝法は正しかった。
モンテカルロの錯誤と呼ばれる心理傾向のために、グー・チョキ・パーの手の出し方は、完全なランダムではなく、ある法則に支配された不自然なパターンを示しがちになる。それはどういうパターンかというと、実際にグー・チョキ・パーをそれぞれ正確に1/3の確率で出すパターンより、短期的に見たときにずっと3種類の手の分布が均一になるというもの。本当にランダムにやると、短期的には手の出方には大きな偏りが出てくるはずなのに、意図的にランダムを作ろうとすると、いやに均一にばらけた手の出し方をしてしまう。いわゆる大数の法則にしたがっていない、ふれ幅の小さな分布になる。
必勝法は単純です。ほとんどの人は、同じ手を2度連続して出す確率が1/3よりずっと低いんです。本当は1/3でなきゃいけないのに。だから、やるべきことは次の通り。相手が1人なら「相手が出した直前の手に負ける手を、次に出せ」です。複数人でじゃんけんしているなら「アイコになったとき、その場に出されている手のうち、もっとも数の多い手に負ける手を、次に出せ」というもの。複数回ぶんの手を、ざっくりした印象で記憶しておくということもやると効果があるのかも。ちなみに複数人のほうが効果が高いとぼくは感じているけど、これはどうだろうか。
ビンゴ! あれこれ検索してて見つけたサザエさんの次週予告のじゃんけんを研究している
ページに、1991年〜2003年3月過去の手の
分析結果が出ていて、これを見ると、2度連続で同じ手を出す確率はだいたい1/5となっている。このページのFAQによると、サザエさんで手を決めているのは、「エイケンでサザエさんのフィルム編集を担当している人が次回予告のフィルムとじゃんけんのバンクをつなぐときに思いつきで決めているそうです」とある。たぶん出す手がなるべく偏らず、1/3になるように注意しているのだろうけど、そのことが1/3の確率というランダムさを、逆に崩しているということには担当者は気づいてないんじゃないだろうか。さらにリンクをたどると、なかなか見事なサザエさんじゃんけん研究の
レポートを発見。たぶん、無意識にじゃんけんしている人の手をグラフにすると、このページにあるような、妙に美しい分布になっていると思う。
2004/01/07(Wed)
養生
若いころは(って、まだ若いと思ってるけど)、20歳になっている自分なんて想像できなくて、ああ早く死ぬのがいいなと思ってた。20歳のころは、30歳になっている自分なんて想像できなくて、やっぱり25歳ぐらいで死ぬのがいいなと思ってた。30歳になったとき、これはもう死ねないかもしれないなと思い始めて、最近はむしろ、いっそ長生きしてやろうなんてことを考え始めている。
サンフランシスコのダウンタウンで一番おいしい和食が食べられる店は「三楽」という名前。ぼくが通った大学で「三楽」といえば、数学科、化学科、、、、ともうひとつは何だっけ。ともかく必修科目も少なく、実験もなく、理系のなかでは卒業単位をそろえるのが楽だという話。いや、数学科は「極楽」と呼ばれていたような気もする。
と、そういう三楽はどうでもいいんだけど(いや関係あるのかなぁ)、貝原益軒の養生訓によると、人生の「三楽」とは「善を楽しむこと」「健康で気持ちよく楽しむこと」「長生きして久しく楽しむこと」とある。いくら富貴であっても、この3つの楽しみがなければ人生意味がない、と。20歳のぼくが聞いたら「くだらねぇ」と鼻で笑ってしまいそうなことばかりだけど、今は年寄りの言うことはよくよく聞くもんじゃなかろうかと思っている。
で、月並みではあるけど、益軒が口を酸っぱくして説くのは予防の大切さ。普段から気を養い、邪気を払い、心を平静に保ち、病を寄せ付けないようにすることが肝要だという。そのためには、おそれることが大切だ、という。若い人は自分の健康をおごって病気をおそれない。これがいけない、と。治療法があるからといって気を許すのは、解毒剤があるからといって毒を食らうような愚かなことだと。
子どもの頃、ぼくはずっと半袖少年で、本当に風邪もなければ病気もない健康優良児だった。そのせいで、「ぼくは健康で病気が少ない」とういうセルフイメージを、その後も長らく持っていた。でも、これは変な話で、20代の過去10年を振り返ると風邪ばっかり引いていた。子どものころと変わっていないのは、特に予防もしなければ、風邪で医者に行くことも薬を飲むこともしないということだけ。
この1年も風邪ばかりだった。あまりに風邪がしつこく、しょちゅうひどくなったり軽くなったりを繰り返していて、ぜんぜん水泳が続けられない。というわけで、今年の目標のひとつとして、ぼくはちょっと病気をおそれてみようかと思いついた。さっそくウェブで風邪について調べまくってみたら、風邪の予防はきわめて有効でありそうなことがわかった。
ひとつ驚いたのは、風邪が空気感染しないということ。空気感染するのはインフルエンザで、風邪のウイルスって接触感染なんだってね。だから手洗いが非常に有効だって話。後はイソジンガーグルや、のどを冷やさないこと、乾かさないこととか。
クリスマスパーティーでモチヅキ博士に聞いた話では、お役所や薬品業界が隠している秘密というのがある。60年代だか70年代に、イギリスの研究者が、風邪のウイルスは33度以上の温度で数時間で死滅するということを明らかにしている。だから、風邪の引きはじめに口と鼻を覆うマスクをして自分の息で鼻孔、口腔に暖かく湿潤な空気を送り込み続ければ一晩で治るという話。風邪のウイルスは湿気にも弱い。
ウイルスというのは100万を超えないと増殖できないけど、逆にそのラインを超えてウイルスが全身にまわると、もう何をやっても治らなくて、単に対症療法になってしまう。ウイルスは最初、のどと鼻の粘膜でしか増殖できない。そこを叩きなさいということ。幸いにも、ウイルスが増えはじめると鼻水やくしゃみといったウイルスを排除しようとする身体反応が起こるので、そこから数時間がウイルスとの勝負だと。風邪はひきはじめが肝心というのは正しい。でも、そうか、じゃあ抗ヒスタミン剤の薬なんか飲んだってあんまり意味がないんだ、実は。鼻水を止めることが目的じゃなくてウイルスを殺すことが目的なのに。塩酸ブロムヘキシンだって、粘液分泌促進作用とかってことは、あんまり意味ないじゃん。気分的に効いた気がするだけで、ぜんぜんウイルスをやっつけることにならない。うーん。
風邪の治療薬を作ればノーベル賞だっていうから、そんなに正体不明のものなんだと思ってたけど、それはどうやら違うらしい。相手のウイルスが何かはわかってるし、だいたいどういう経路でどう感染、増殖するかもわかってる。
という話をいろんなヒトにしたら、実は結構みんな予防してたりしてびっくり。もっとも、子どもの頃病弱だったとか、そういう一病息災系のヒトが多いけど。
2004/01/08(Thu)
読書感想
Benedict Anderson『Imagined Communities---Reflections on the Origin and Spread of Nationalism』(Verso)、
読了。国家という共同体は、互いに会ったこともない個々人が、メディアを通して抱く幻想によって成り立っている。と、そういうことを言い始めたのは別に吉本隆明が最初じゃなんだよね、よくわからんけど。どこかで読んだ論評によると、たまたま日本では吉本が、そして欧米ではベネディクト・アンダーソンが似たようなことを言ったということだったけど、どうなんだろうか。ともあれ、ナショナリズムや国家という意識が個人のなかで(それが生まれる場所は実は個々人の深い心の底以外にあり得ないんだけど)、どうやって生まれてきたかということを書いた本。1983年初刊だけど古典的名著、なんだろうな。
最初は聖なる言語。キリスト教圏ではラテン語、イスラム教圏では古典アラビア語、仏教圏では中国語やパーリー語とか、そういうもの。聖地巡礼で出会う、互いに言葉の通じない人たちは、自分と同じようにひざまずく人々は一体どこから来た誰なんだろうかと考える。ところが、隣の人の声に耳を澄ますと、自分と同じ聖なる言葉をモゴモゴ言ってることに驚く。そういうのが宗教共同体の同胞意識を維持してきた。イスラム教では、いまでもそうか。たとえばヨーロッパでは、その後、16世紀になるとグーテンベルクが印刷技術をもたらし、そのあたりから急激に土着の言葉であるフランス語やドイツ語が幅を利かせ始める。ラテン語で出版されるよりも、ずっと多くドイツ語などで出版されるようになる。そういう時代でも、まだ言語の違いが国境を分かつような今日的な意味でのネーションステートの意識はなかった。18世紀になるまで、誰も言語の境目が政治の境目になるような状態を考えることもなかった。この国家共同体と言語の直交性は、南米の被占領地域が次々と独立するときにも見られた。南米はブラジルをのぞくとみんなスペイン語を話すのに、国は別々になった。うーんと。次の大ききな変化は土着語による小説と新聞の登場。それによる時間概念の変化。
ぼくが読んだのは初版から9年後の1991年に出た増補版で、これには何章か追加されている。個々人に共同体というものを想像させるようになった重要なピースとして、地図、人口統計、博物館が取り上げられている。地図の考察がおもしろい。ある時代、ある場所で入手できる地図というのは、それを見る人々の世界の捉え方に決定的な役割を果たしている、というのは今でもよく思う。CNNインターナショナルの天気予報でアフリカ大陸の高気圧やら、イベリア半島の前線をまいにち見るようになったぼくの意識は、それ以前と以後で実は結構変わっているように思う。とはいえ、ぼくは地球儀を何度も見たこともあるし、それなりに旅行だってしてきたわけだから、まだしもその変化は微々たるものだ。ところが、たとえば自国の辺境を、国境などというものではなく山や海で示されただけのぼんやりした「はじ」という地図を使っているような地域の人々の持つ世界観はどんなで、その人たちが、周囲の「国家」が欧米列強に植民地支配を受けるようなことになって地図に国境というものが現われ、しかも自分たちを含む、より広い地図を見るようになると、どう変化するか。
アンダーソンはラジオとテレビについて何も語ってないけど、それはきっとマクルーハンを読めということなんだろう。インターネットについては、誰かまともなことを語ってるだろうか。
キングズレー・ブラウン『女より男の給料が高いわけ』(竹内久美子訳、新潮社)、
読了。生物学的、文化人類学的な性差をなきがごとくに喧伝し、女性の社会的地位の向上を叫ぶフェミニストに、「ちょっと待てよ、そりゃおかしいだろう」と科学の側からの証拠をたくさん突きつける本。ヒトコトで言えば男女では繁殖戦略が違うんだから、そりゃ社会活動だって全然ちがってくるよということ。
著者は人類学を学んだ後に法律に転じ、現在は労働法を専門にしているという人。そういう人が、アメリカで、こういう時代に、ポリティカル・コレクトネスも何のそのという身も蓋もない発言を本にしちゃうという背景はおもしろい。でも、内容的には常識的なことばかり。こういう常識的なことを常識と言えない雰囲気があるのが、ぼくなんかは問題だと思うけど。
所功『「国民の祝日」の由来がわかる小事典』(PHP研究所)、
読了。著者が何年もやってる大学の講義をベースにまとめた本だとかいうことで、やや説教くさいところがあるのが気になるけど、たいへん勉強になる本。祝祭日成立の来し方を振り返るということは、そのままその社会や共同体の成立やあり方を振り返ることに他ならない。
2004/01/17(Sat)
幸福になろうとしないかぎり、絶対幸福になれない
クリスマスパーティーが終わってほとんど全員が帰ったあと、部屋の散らかりようはひどかった。約20人が参加し、飾り付けをし、プレゼントを交換し、料理して飲み食いし、ビデオまで見ちゃったりしたのだから部屋が散らかるのは当然。レンタルルームだから片づけるしかない。それはわかってるのだけど、崩れてしまった積み木の前で呆然とする赤ん坊のように、その場を取り仕切っていたケイや、早めに来て準備をしたぼくは呆然としていた。
買いすぎた食べ物、飲み物、コップや缶詰が散乱したキッチン。とっちらかった七面鳥、食べかけのチョコレートケーキ、シンクにたまったままのジャガイモの皮。冷蔵庫はワケもわからないほどあふれ返り、何がゴミで何を捨てるべきじゃないのか判断してたら朝までかかりそうに思える。
ため息なしには見られない惨状を一瞥して、さっきまで陽気にコメディで人を笑わせていたアンドリューがソファからふいっと立ち上がり、「オレが片づけるよ」とキッチンに向かった。
「よーし、全部片づけてやるぞ。うん、やるぞ。何だよ、片づけに一体どれほど頭を使うってんだ。なぁに、やるだけだよ。ああ、オレはなんていいヤツなんだろう。ウキウキするね」。腕まくりをし、陽気に鼻歌を歌いながら彼は片づけ作業をはじめた。
口笛を吹きつつ食器を洗い、キッチンを拭き、保存のききそうなものは袋につめ、ゴミを分別した。「これはどうするかな。ふむ、こうやって洗っちまうか」などと言いながら、彼はひとつひとつコンスタントに作業を続けた。ソファの会話に加わったり、黙々と食器だけを相手にしたりしながら、彼は1時間ほどキッチン周りにたち続けた。
約1時間後、彼はほとんど一人で何もかも片づけてしまった。10個近くもあるゴミ袋と、何もかも片づいてピカピカになっている流しを見て、ぼくは魔法を見たような思いだった。その場にいた女性は、みんな「わたしと結婚して!」と叫び出すほど感動していた。ぼくも結婚してほしいと思った。
なんであんなことができるのか。驚くべきなのは、彼の陽気さ。役得だと言わんばかりにあまったビールやミカンをごっそりバックパックに詰める彼は楽しそう。疲れなんてみじんも見せない。ソファに座った連中が、何もせずにグッタリしているのと好対照。
「片づけないと気が済まないタチの人なのね、そういう人っているわよ」と、そんな感想をもらしていた人もいたけど、それはちょっと違うような気がした。彼はみなの賞賛の言葉に応えて、こう繰り返した。「Seriously, what sort of intelligence does it take to clean up? It doesn't take a genius, does it?」。上品なブリティッシュなまりの彼の言葉に、ぼくはうなってしまった。
まったく正しい。彼がやりのけたことに、ぼくらは何か奇跡でも見るように目をむいていたけど、実際のところ彼が何をしたかと言えば、個々には小さな判断の積み重ねと単調な仕事の山々。別に誰だってできること。誰でもできること。別に筋肉痛になるような仕事でもない。どっちにしても、その1時間は、その場にいたのだし、会話もしていた。
ぼくは、彼が言葉通りのことを言ってたんじゃないと思う。彼は知恵のある人なんだと思う。こういうことに必要なのは、きっと知恵なんだ。ぼくは彼から、学ぶべき大きな教訓があると直感してうれしくなった。
やるべきコトはやらなきゃいけない。だったら、さっさと手を着ける。別に難しい仕事じゃない。粛々とやれば仕事はいつかは終わる。終わらないなら、終わらないし、難しくてできないことは、難しくてできない。それは、ぼくら人間のせいじゃない。もろもろの仕事の大変さにたいして、人間のできることはあまりに少ない。それは嘆いても、考えても変わらない。ぼくらにできるのは、行動することだけ。
仕事というのは、天気のようなもの。雨が降ることもある。雨だからって暗い気持ちになるなんて馬鹿らしい。雨は降るんだ、どっちみち。祈ろうが、自分が何をしようが、どんな気分でいようが、降るときは降る。だから、雨降りに暗い顔なんてすることはない。楽しめばいい。口笛を吹け。グチりながらやるのは最悪のやり方。陽気にやれば気持ちも陽気になる。自分の泣き声に驚いた子どもがますます大声で泣くように、感情は、感情表現によってフィードバックを受ける。
アランの『幸福論』(神谷幹夫訳、岩波書店)を読みながら、ぼくはアンドリューがキッチンに立つ姿をずっと思い出していた。不機嫌、憂鬱、いらだち、おそれ、ノイローゼといった、「想像力」という人間だけが持つ奇妙な能力に根ざすネガティブな情念について、アランが言っていることは「ほほ笑みたまえ」ということ。身体を動かし、陽気になりなさいという。ぼくらをユーウツにするのは余計な想像力。
「気分の善し悪しはすべて、一時的なからだの出来事によるものだが、それをわれわれは異様に拡大して、そのことに神託のような意味を与えてしまう。そのような気分が行き着くところが不幸である。ぼくが言うのは、重大な理由もないのに不幸な人たちのことだ。なぜなら、そういう人たちが不幸なのは自分が考えちがいをしているのだから」。アランはまた、ストア派哲学者のこんな言葉も引いている。「まちがった臆断をとり除きたまえ。そうすれば君の不幸はなおる」。想像力が、ぼくらを不幸にしている。「われわれが耐えねばならないのは現在だけである。過去も未来もわれわれを押しつぶすことはできない。なぜなら、過去はもう実在しないし、未来はまだ存在しないのだから」。
アランは、幸福についてはあまり多くを語っていない。本当は幸福というのは、日々の小さな時間の裂け目にふっと訪れる気分のことだと、その程度のものなんだと言いたいんじゃないだろうか。古来賢人が(って具体的に誰や)言うとおり、幸福になるいちばんの方法は、不幸を避けること。不幸でないかぎり、人間は生活のそこここに、世界が美しく満ち足りている証拠を感じられる瞬間があるんだろう。アランはこう書いている。「今これを書いている時、雨が降っている。瓦に雨の音がして、無数の雨樋が切れ目なく歌っている。空気が洗われて、まるで濾過されたみたいだ。雲は切れ切れになった華麗な衣装のようだ。こういう美しさがわかるようにならねばならない」。
ときに詩のような、ときに寓話のような、ときに友人への手紙のような散文でつづられるアランの言葉には、「幸福論」という論考のようなタイトルから想像される理屈っぽさはみじんもない。途中、第一次大戦の従軍期間をのぞいて30年にもわたって、まいにち新聞に寄稿したエッセーからテーマ別に選別してまとめた本だから、主張には重複も多い。読んでいると何かアコーディオンの和音を聞いているような気がしてくる。和音がじょじょに力づけてくれる気がする。
素朴で平明な言葉の中に、深い知恵と毅然とした決意が感じられる。「不幸になるのは何もむずかしくない。ほんとうにむずかしいのは、幸福になることだ」「幸福になるのは、いつだってむずかしいことなのだ。多くの出来事を乗り越えねばならない。大勢の敵と戦わねばならない。負けることだってある。乗り越えることのできない出来事や、ストア派の弟子などの手におえない不幸が絶対にある。しかし力いっぱい戦ったあとでなければ負けたと言うな。これはおそらく至上命令である。幸福になろうと欲しなければ、絶対幸福になれない」。
想像力の産物や思い過ごしでない大きな不幸は必ずあると言っている。それどころかアランは、こう言っている。「ほんとうを言えば、上機嫌など存在しないのだ。気分というのは、正確に言えば、いつも悪いものなのだ」。なにもしないで、気分まかせで生きている人はみんな悲しみにとらわれる。悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。
つまり、上機嫌は意志と自己克服によるもの。上機嫌や幸福は、他人に対する義務であるともアランは言っている。「人から愛されるのは幸福な人間だけである……、こういう報酬は正当なものであり、受けるに値するものだということが忘れられている。なぜなら、不幸や退屈さ、絶望はわれわれみんなが吸っている空気のなかにあるのだから。だからわれわれは、そういう毒気にうちかった人たち、そしてすばらしい手本を示すことによって、いわばみんなの人生を浄化してくれた人たちには感謝の念とオリンピックのメダルをささげねばならない」。
誰もがくたびれていてウンザリしてたとき、口笛を吹いて片づけをやりのけたアンドリュー。彼の上機嫌は、もちろん自然と彼を襲った感情なんかじゃない。彼は上機嫌になろうと、常に気をつけているタイプの愛すべきヤツなんだ。上機嫌に比べて、不機嫌のなんと感染力の強いことかを思えば、これは本当に立派なことだと思うし、価値のあることだと思う。
生きてるとね、イヤなことがいっぱいあります。でも、そんなの関係ない。口笛を吹いて、絶対に幸福になろうと誓わない限り、気分は必ずふさぎ込む。動かなければ、仕事をしなければ、楽しまなければ、夢中にならなければ、待っているのは悲しみだけ。アランの幸福論に楽観はない。楽観主義があるだけ。主義は意志であり、決意。
腎臓結石を病み、ふさぎこんでいた友人に、アランはこう言う。「この病気が人を悲しみに陥れるのを知っているのだから、君は自分が悲しんでいることに驚いてはならない。そのことで機嫌を悪くすることは何もないのだ」。
不思議なことに(?)、20世紀初頭に書かれたものなのに、アランは身体や脳の化学物質と気分の関係のようなことをしきりに指摘している。「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」というジェームス=ランゲ説としか思えない主張も繰り返ししている、、、、と思ったら、ジェームス=ランゲ説は19世紀末だった。ともあれ、気分のために身体を動かすことを強調しているのはおもしろい。彼に「小人閑居して不善をなす」という東洋の知恵を教えてあげたい。彼は戦争が起こる原因は、主に人間(王たち)の倦怠にあると言ってたりもする。
去年の夏のある夕暮れ、山手線の電車のなかでペットボトルを頭に載せているおじさんを目撃した。500mlの、まだ少しお茶が入ったボトルを垂直に頭に立てている。白髪混じりの、50代後半とおぼしきおじさんは何食わぬ顔で座っていた。ボトルを固定するひものようなものは見えない。それなのに、おじさんが首を動かしてもペットボトルはまっすぐに立っている。なぞ……。
罰ゲーム、、、にしては楽しそうにやってるし、あまりに自然体。役者の訓練か何か、、、にしては年齢が行き過ぎているし、あまりに泰然としている。精神的に問題があるにしては、身なりがきちんとしている。まったく正体がわからない。
正体はわからないけれど、ハッキリしていたのは、おじさんが誰にでもほほえむこと。子どもの目は釘付けで大喜び。大人はちょっと笑って目をそらす。最初から目を合わせない人もいる。ぼくは、訳が分からないまま目が離せない。一緒にいた外国人の友だちは「東京ってこういうところ? 怖いから目をそらしなよ」とぼくに言う。ぼくは気にしない。おじさんがアブナいヤツなわけがない。お茶なんだから。
やがてぼくと視線がぶつかると、そのおじさんはゆっくりと満面に笑みを浮かべた。まったくワケがわからないまま、ぼくはうれしくて笑みを浮かべ、うなずいた。先方はますます楽しげにほほえみ、やっぱりぼくにうなずき返す。
 | スマイルおじさん。ペットボトルを頭に載せている。 |
なんて楽しい人だろうと、うらやましく思った。上機嫌にあんまり理由は要らない。気分に理由はあんまりない。理由や理屈はこねくれば後からなんとでもつけられる。ぼくらがやるべきなのは、理屈をこねくり回してまで不機嫌になることだろうか。実際以上に状況を悲観するために、理屈のうえに理屈を上塗りするようなことだろうか。
人間は理由がなくても笑うことができる。それが他人が笑う理由になる。あくびが伝染するようなもので、機嫌はうつる。他人の機嫌は、自分の機嫌の鏡だと思ったほうがいい。自分から笑わない限り、周囲は暗い世界のままなんだ。ニーチェがいうとおり、人間だけが笑いを発明せざるを得なかった。
たぶん生きてるってのは、降り止まない雨の中を歩くようなものなんだ。人生あれがうまく行かない、これがうまく行かないなんて言って嘆くまでもない。それは赤ん坊が暑い寒いといって泣くようなもので、天気なんて変えようがないんだから。でも、雨は本当はそんなにひどいものじゃない。雨足が強まって打ちひしがれるのなんて、長い道のりからしたらほんの少しの時間。
そういう雨のなかの散歩なら、雨がやまないことを嘆く意味はない。たまに雲の合間からのぞく美しい空を見上げて口笛を吹いていればいい。やるべきことを夢中になってやればいい。身体を動かせば、人間は元気になり、機嫌がよくなる。
引用も感想も長くなってしまった。ぼくのこの日記には、ぼくの不機嫌がいっぱい詰まっている。ストレス解消になると思っていたけど、不機嫌なんて書かないほうがいいんだ、きっと。いろんな人を不機嫌にしてしまった。
2004/01/18(Sun)
大混戦
朝日選書編集部編『経済大論戦2---1冊で50冊の経済書・ビジネス書を読む』(朝日新聞社)、
読了。タイトル通りの本で、コンパクトに話題の本の論旨が2〜3ページでまとめられている。もうげっぷがでそうです。ぼくがよく分かってないからってのもあるだろうけど、これは大論戦というより、大混戦だ。日本経済低迷の元凶を日銀プリンスや竹中さん、ハゲタカファンド、山口組とかといった個人や特定のグループの「陰謀」として片づける陰謀論のような「場外乱闘」派は論外というのはわかる。処方箋一発で不況も不良債権問題も財政も金融も何もかもスッキリ解決だと主張する人も眉唾だってのは、わかる。でもそれ以外の互いに相容れない主張の数々は、一体ぜんたいどういうことだ。誰に理があって、どれがまちがっているのかまったくわからない。経済学って、けっきょく学問でも科学でもなかったのねって話なんじゃないの(笑)。経済産業省が発表した過去40年の経済予測の的中率は14%だって話もあるし、そんなんだったら予測なんて発表しないほうがいいのにねってぐらい。いくら社会科学が蓋然性の学問だからって、実用性がないんじゃ駄目じゃん。
インフレターゲット論ひとつとっても、誰も何にも予測できないってことだ。果たしてインフレ誘導なんてできるのか、もし起こったときにインフレはコントロール可能なのか、果たしてそれがよい効果だけをもたらすのか、誰にも何にもわかってない。デフレかリフレかという軸の論争では、デフレを止めるのが何より先決だという人から、デフレはいいんだという人、いやそもそもデフレなんて存在してないんだと言い出す人まで、よくもまあ、こんなにバラバラな主張が同じ本棚に並ぶよなという感じ。
経済書を読む層に、この混戦ぶりの答えはあるんじゃないだろうか。読者層というか、ビジネス・経済書市場にいる受け手の問題なのかも。マーケットがあって、みんな面白がってるから、いろんな本が出てくるんじゃないだろうか。経済って誰でも何か言えるじゃないですか。専門家でもない人間が、第一線にいるような研究者を向こうに回してそれらしい口を利けちゃうのって、たとえば物理学なんかじゃ考えられないわけだけど、経済って、どんな職場にも必ず一人や二人はいる映画ヒョーロンカが語る映画論と同じように、誰でも何とでも語れる。だから、こういう経済論戦って、映画と同様に娯楽として市場に議論を提供してるだけじゃないのと思えてこなくもない。あなたの周囲にもいませんか、「オレ、読書するの経済とかビジネス書ばっかり」と鼻息の荒い御仁。あれって、「オレ、SFしか読まないから」というのと同じじゃないかと思うんですよね。
読めばおもしろいんだろうってわかってながら、何となく手をつける気になれずに放置してあるユクスキュルの『生物からみた世界』を読むかわりに、それを翻訳した人が最近書いた入門書的な本、日高敏隆『動物と人間の世界認識---イリュージョンなしに世界は見えない』(筑摩書房)を
読了。名著と言われるものや古典は、それそのものを読めというけど、ああ、本当だなと思った。後世の人が書いた解説なんて読んでも仕方ないっていうけど、本当だなと思った。
生まれる時代をまちがえちゃったユクスキュルとう動物行動学の先駆的研究者が言った「環世界」というものを、日高のおじいちゃんはイリュージョンと呼ぶ。ぼくらが客観世界だと思っているものは、実際には身体の感覚器が中央の神経ネットワークで構築するひとつのダイナミックな「世界像」に過ぎない。だから、感覚器がちがえば、当然世界は違って見える。それを、あるひとつの客観世界を異なる生物が違う見方をすると考えるのは本当は不自然で、生物の住む世界というのは、生物ごとに異なり、どれがより客観世界に近いかなどという議論はナンセンス。ラマチャンドランの書いた『脳のなかの幽霊』なんかを読むと、脳というのが世界を把握する器官というよりも、むしろ世界をダイナミックに構築するイリュージョン産出器官だということがわかる。
ラマチャンドランも、精神病者が見るイリュージョンと、健常者が見ていてイリュージョンではないと思っている世界像とは、本当は何が違うというほどのこともないのかもしれないというようなことを書いていた。ぼくらの世界像は安定していて、生活上ひじょうに有利だというだけで、本当のところ脳が作り出したかりそめのイリュージョンに過ぎない。
だから、イリュージョンってキーワードはわかる。それは分かる気がするけど、日高氏は踏み外しすぎじゃないだろうか。宗教的信念とか、クーンのいう科学パラダイム、色彩の認識論的問題までも、何もかも「イリュージョンの問題だ」ってひどいんじゃないか。ドーキンスのミームも「イリュージョンだ」と書いてあるのを読んで、ああ、この本はおじいちゃんが書いたイリュージョンの本だったなと思って妙にナットクしてしまった。
2004/01/19(Mon)
本当に訪問者が知りたい20の質問
1.サイト名とそのアドレス、あなたの希望する呼ばれ方(ハンドルネーム)についてお答えください。
日記には「The other side of my days.」と名前を付けました。でも実際の会話では恥ずかしいのでThe other side...とか言わないください。サイト名はありません。ぼくの呼び方は西村さんか、けんさんか、本名で。だからホームページも「西村さんのページ」ぐらいで。
2.あなたのサイトがどんなところか、一言でご説明ください。
日々の雑感を綴っています。最近は読書日記です。
3.このサイトへのリンク、サイト内各ページへの直リンクについてどうお考えかお答えください。
好きなところにリンクしてください。
4.「サイト上で訪問者にこれだけは絶対にして欲しくない」ということをお答えください。
ぼくが毒づいているときに、「これってオレ(私)のこと?」と心配しないでください。
5.このサイトを運営していく上であなたが何を一番重視しているかについてお答えください。
なるべく毒気を抜いた文章だけを公開するようにしています。
6.このサイトの更新頻度についてお答えください
ほぼ毎日。
7.1回の更新にかかる時間についてお答えください
1パラグラフ5分ぐらい? としたら最短5分。長いときは2〜3時間は費やします。平均すると30分ぐらいかな?
8.現在の訪問者数と、今後希望する訪問者数についてお答えください
訪問者数、そういえばどのくらいなんだろう。把握してません。訪問者を増やしたいという希望はありません。
9.あなたにとって訪問者はどんな存在かお答えください。
かなり不思議ですよ。というか、ほとんどの場合、ぼくの意識から訪問者は抜け落ちてます。最近ぽろぽろとメールをもらったりするので、そういうときには意外な人が読んでくれてるなと楽しくなります。もし、今これを読んでる人で、ぼくが知らない人はぜひメールください。
10.閉鎖の予定についてお答えください。
ありません。引っ越し、リニューアルはよく考えてます。
11.あなたの性別についてお答えください。
男です。
12.あなたの生まれた年代、できればズバリ何年に生まれたかお答えください。
1970年9月16日。
13.現在のご職業について差し障りない程度にお答えください。
週刊のパソコン雑誌の編集者。
14.出身と現住地について差し障りない程度にお答えください。
出身は大阪。19歳まで関西。その後、横浜に4、5年と東京に8年ぐらい住みました。今は杉並です。
15.振られたときに得意な話題、分野についてお答えください。
英文法(笑)、ナンチャッテ言語学、宇宙論。Linux、TCP/IP、Unicode。霊長類研究。アメリカのテレビドラマ。
16.あなたが一番良く使っているパソコンの性能、接続環境について分かる範囲でお答えください。
AthlonXP2500+、メモリ512MB。接続は12Mbps ADSL(実効3Mbps程度)。
17.毎日あなたが閲覧するサイトの数をお答えください。
必ず見るのは30〜40ぐらいかな。
18.Webを閲覧し始めた時期についてお答えください。
初めてみたのは1993年。初めて自分のモデムで接続したのは1994年。1994年ってasahi.comもまだなかったぞ。1995年ごろには、日本語のホームページも増えたので頻繁に見るようになったのはそのころ。
19.初めてサイトを公開した時期についてお答えください。
初めてHTMLを書いて公開したのは1995年。デジカメを買って、あれこれ書くようになったのは1996年。頻繁に更新する今のような形になったのは1998年。
20.影響を受けた or 大好き or ここが閉鎖したら落ち込むかも、というサイトがありましたらお答えください。
特にありません。
2004/01/20(Tue)
お好み焼き
高校時代の友だちと銀座でお好み焼き&もんじゃ。何の因果か全員がIT系なので話はたくさん。大阪弁全開。店員の「もんじゃ焼きの焼き方もわからないんっすかぁ〜?」に、一同内心で思う。「知るわけないやんけ、そんなワケのわからん食いモン」。いや、ぼくはもちろん知ってたけど。大学から関東に移住したぼくと、大学と社会人時代の多くを関西で過ごした2人とでは、だいぶ大阪の見方が違うということを改めて発見。ぼくは、やっぱり大阪のことを知らなさすぎる。どこそこ橋のどこそこの交差点のラーメン屋が、と言われても、さっぱり頭に地図は浮かばない。
一緒にゴルフやろうぜという2人を見ていて、なんだかぼくだけ子どもの世界に取り残されているような気がした。
1年ぐらい前にどこかで読んだインタビュー。Bidders.co.jpを運営するDeNAの社長、南場智子さんがインタビューに答えて、かなり激しい調子でこんなことを言っていた。「わたしは仕事をしない社員は許せます。でも、周囲にネガティブな雰囲気をまき散らす人に対しては不寛容です。絶対に許しません」。
イルカが癒しになるのは、常に彼らが「かすかに笑っている」からじゃないだろうか。彼らは疲れしらずで、怒らず、不機嫌な顔もしない。
日本語の「笑う」には、smileとlaughの両方の意味がある。これはどういうことだろうか。「嗤う」と書けば、mock、disdain、despiseの意味にもなる。giggle、grin、chuckleあたりも「笑う」だけど、このへんは日本語の場合には擬音語や擬態語が対応する。
人間にとって「遊び」「仕事」「学習」の境界線って曖昧になっていくんじゃないだろうか。それはいいことだし、ぼくはそういうふうに生きたい。子どもの遊びには、たくさんヒントがあるはず。子どもが元気いっぱいで楽しそうに見えるのは、彼らの生活のおいて、遊ぶことが仕事であり学習そのものだから。少なくとも学校にあがるまでは……。カイヨワが遊びについて書いた本を読み返したい。
最近、CLIEを買って驚いたこと。ぼくは「め」の書き順をずっと間違えていたらしい。ぼくの「め」はデクマ手書き入力では認識されなかった……。
帰りの電車で周囲を観察してみた。32人中、4人だけが左手で携帯メールを打っていた。前に同じ観察をしたときには、もっと左手の割合が多かったように思う。ぼくはいまだに左手でメールを打つ。いま、25歳以下の世代の人たちって、ロンドンでもパリでもニューヨークでも東京でも、人差し指より親指のほうが器用だったという研究がある。リモコン、ファミコン、ケータイと、電子機器って小さいので全部操作は親指でやるから。右手の親指で操作するもので、ケータイのような理不尽な方式じゃない入力デバイスが必要なんじゃないだろうか。
後ろの席に座る人は、メモリ64MBでWindows XPを使っていたらしい。「いや、遅いなぁとは思ってたけど」。不要なものは常駐をやめさせたほうがいい、壁紙も使わないほうがいいとアドバイスされてヒトコト。「一太郎なんて要らないけど、壁紙は絶対はずせない! フルカラーよ!」。そんな彼女はジャニオタ。机の周りには、ジャニーズのアイドル写真がいっぱい。壁紙のヒトも、何枚もある写真も、ぜんぶぼくには同一人物にしか見えない。タッキーしかワカラン。
あきらめるには、まだ早い。人間は1年で
こんなに変われる。
2004/01/22(Thu)
蜘蛛恐怖症
最近、よく手を洗う。かなり頻繁にせっけんで。風邪対策の一環。これが、くせになってしまうと、手を洗わないと、手に何かよろしくないものが付着してるんじゃないかという強迫観念にとらわれるようになる。
ぼくはgerm-phobiaになりつつある……。と、germphobiaって単語が存在するだろうと思ったけど、実は存在しなくてあれこれ検索してみた。
「ナントカ恐怖症」という言葉は、英語では接尾辞“-phobia”を付けて、「somethingphobia」という。だから、当然「ばい菌、雑菌」を意味する日常語のgermを使った「germphobia」という言葉があるだろうとぼくは思ったのだけど。
で、日本語だと真っ先に「高所恐怖症」が出てくると思うけど、これに対応する「acrophobia(空の恐怖症)というのは、なぜか英語(米語)では、ぜんぜん日常語じゃなかったりする。日常会話で使っても、通じないことがある。「まあ意味はわかるけど、そんな単語知らないよ」と、何度かぼくはそう言われた。
-phobiaの登場頻度ランキングをやると、「arachnophobia(蜘蛛恐怖症)」などという言葉が上位に出てきたりする。これは日本では、対応する言葉も概念も存在しなくて「なんなのそれ?」という感じだ。
Googleで検索してみたら、「claustrophobia(閉所恐怖症)」がもっと多かった。7万9300ページと圧倒的に多い。で、「arachnophobia(蜘蛛恐怖症)」は3万3200ページ、「acrophobia(高所恐怖症)」は2万8900ページ。あ、思ったよりも少なくないか。
ともかく、日本語に対応する言葉すらない、aracnophobiaという言葉が異様にポピュラーだってのは間違いない。
で、日本語の恐怖症関係をGoogleで検索すると、「閉所恐怖症」が9330ページ、「高所恐怖症」が3万8400ページと、明らかに日本人は高いところを怖がっている。「ウサギ小屋」と揶揄される狭い室内で暮らしているからか、狭いところは平気らしい。慣れ、というもんだろう(ちがう)。
arachnophobiaと高所恐怖症。こういうことじゃないだろうか。アメリカ人は砂漠に住んでて、日本人はビル街に住んでる。かなり暴論ですけど。都市部人口が多い日本人は、蜘蛛なんて生活してても出会わないし、出会うとしても毒ナシの奴らばっかり。アメリカ人は、そのほとんどが田舎暮らし。
あ、ビックリ。xenophobia(外国人恐怖症)は何とclaustrophobiaの4倍近い、27万ページもある。homophobia(ゲイ嫌い)にいたっては、39万ページとなっている。どっちも日本人にはかなりなじみの薄い概念だけど、こんなにポピュラーなのか。日本人にこれらの概念がないのは、ともに自分たちに当てはまりすぎてて自覚がないんだな、たぶん。
xenophobiaとhomophobiaという単語がネットで多く使われているのは、言葉としてポピュラーというよりも、それがcontroversialだからなのかもしれない。
2004/01/24(Sat)
着物の人
午後3時、少し遅刻気味だった。タクシーから降りて待ち合わせ場所へ目をやると、予告通り和服に身を包んだ友人は、少し落ち着かない様子で待っていた。渓流の早瀬のように人混みが流れる向こう側、彼女は雑踏に呑まれないように身を引いて、柱を背にして立っていた。秋の日に、上流から川面を旅してきたもみじの葉が、岩場の陰で静かに息を潜めているような、そんな佇まいだなと思った。
人混みを挟んでこちらの姿を認めたとき、彼女が少し安堵のため息をついたように、ぼくには思われた。着付けないからというよりも、目立ちすぎを心配している。それは着物初心者には共通する反応らしい。
年若い友人は、山手線の中で外国人観光客に写真を撮られたのだと、まだそのときの照れを感じているかのように、はにかみながら明るく笑った。大和撫子なんだから、奥ゆかしくアルカイックスマイルじゃなきゃだめだよと、ぼくも笑う。
ほんの三世代前まで、普段着として着ていた民族衣装のはずなのに、たぶん日本人にはもうそういう意識はあまりない。でも、着物は文字通り「着るもの」という意味。「洋服」が指すものが、いまだに「着物」ということばを横取りできないでいるのは、和服こそが日本人の「着るもの」なんだという認識が、まだぼくらの心の底にあるからじゃないだろうか。シャツ、パンツ、セーターを洋服や服、あるいは「着るモノ」と呼ぶことはあっても、まだぼくらはそれを着物とは呼ばない。着物は和服のことであって、「着るモノ」なら何でもいいというわけじゃない。
新宿でメキシンカンを食べ、吉祥寺でほかの着物の人々と合流。成人式なんかに晴れ着を着たお嬢さんを見ることはあるし、その大群を見ることもあるわけだけど、なんでもない土曜日に、街を歩くある男女、その二人だけが着物姿であるというのは断然目立つ。多くの日本人は「あ、ちょっといいな」という感慨を持つんだと思う。
「着物の方」の還暦誕生日ということで、イタリアン。席に着いた6人のうち3人が着物、それも特別な理由がなく着物というのが、なんだかすごい。「着物の方」に「西村さんも着物にご興味をお持ちだとうかがいましたが、いかがですか」と聞かれて、ちょっと戸惑う。
男の場合、普段着として着物がよく似合うためには、何か内面的な要件というものがあるような気がする。
終電近くまでおしゃべり。お酒をやめてから、多少は饒舌に歯止めがかかっていると思ったけど、ぼくはどうもしゃべりすぎてしまう。そういえば、お酒をやめたのは
去年の1月21日だった。あれから1年が経った。
2004/01/26(Mon)
墜落死は確かに怖いけど
1月11日にスカイダイビングで事故があり、タンデムジャンプをしたインストラクターとお客さんの二人が死亡した。埼玉県のホンダエアポートというから、ぼくが
タンデムジャンプを体験したところとは違うけど、関東圏でジャンプができるところは2、3ヶ所しかないという話だから、ちょっとぞっとした。ニュース映像で流された、地面にあいた穴が生々しい。事故の影響でジャンプを主催してたクラブが活動を休止しているようだ。そりゃまあそうか。お客もガクッと減りそうだ。
墜落死ほど印象に焼き付くものはない。ただ、あまりにもこの事故が話題になったので、ちょっと違和感を覚えた。
スキーとスノーボードをあわせると、毎年1シーズンだけで10人ぐらいは死んでいる。後遺症の残る事故や、重傷を負う確率から言えば、スノーボードあたりがいちばん危ないはず。
毎年、2万人に1人ぐらいは溺れ死んでいるし、1万人に1人は交通事故で死んでいる。それより何より、毎年人口400人あたり1人はガンで死んでいる。10年以内に何で死ぬ確率が高いかといえば、それは年齢によらず成人病じゃないんだろうか。
人間は心のどこかでいつか自分は事故死するんじゃないかと漠然と考える傾向があるらしいけど、そんなわけがない。死因統計をみればはっきりしている。3人に2人、普通はみんなガンか、心臓か、脳で死ぬ。事故や老衰で死ぬのは人口の5%程度に過ぎない。
墜落死よりも生活習慣病をおそれたほうがいい。食生活、喫煙、喫茶、飲酒、不摂生と、本当は改善できることはたくさんある。
……手元に戻ってきた健康診断の結果をみて、ちょっとショックを受けたのでした。このところ、ほぼベスト体重で筋肉もほどよく付く程度に運動もしているのに、コレステロールの値がやや高め。まあ日頃、ハンバーガー、トンカツ、カレー、唐揚げ、チャーシュー麺ぐらいしか食ってないからなぁ。さかな食わないと。
毎晩ほとんど1箱食べているチョコレートが良くないんじゃないかという気がしてきた。
家系的に心配な尿酸値や肝臓関係の数値は非常に良好。もっとも、飲んべえだったときからそのへんは良好だったけど。