姜尚中『日朝関係の克服---なぜ国交正常化交渉が必要なのか』(集英社新書、2003)、
読了。少し前に出た本で、アメリカによるイラク爆撃前夜という不穏な時期に書かれたもの。アメリカの対イラク戦略によっては、事情が変わってくるかもしれないけど、基本的な北東アジアの安全保障の枠組みや、日本が取るべき基本路線に対する自分の認識は変わらないだろうと書き出されている。
もともと姜尚中が好きなこともあるけど、ちょっとシビれた。ジョン・レノンのイマジンにある例の歌詞、「I may be a dreamer, but I'm not the only one.」というのを、ぼくは少しも素直に受け入れる気になれない。ところが、これとほとんどまったく同じトーンの主張が、この本の後半に出てきたときには、ちょっとグッと来てしまった。
日韓条約と、来るべき日朝条約における、植民地支配の清算と歴史認識をめぐる「不備」も、ナショナリズムの桎梏を越える地域的な相互協力と理解を通じて、真の「和解」をめざして乗り越えていかなければならない。
楽観的な「痴人の夢」として一蹴されるかもしれないが、わたしは、それを願わずにはいられない。
終章に出てくるこの段落は、この本の中でイヤに浮いている。それまで徹底して理詰めで、着実に結論の妥当性を繰り返し論じていたのに、ここで急に著者は「情」を前面に出している。どちらかといえば、思わず出てしまったという印象で、緻密な思考の陰に隠して抑えていた情熱や信念といった本音が漏れ聞こえてくる感じがある。
同じ主張でも、こういう情緒的なものがあちこちに出てくるようになると、もうまったく信用ならんと思うわけだけど、抑制の利いた論証トーンのなかで、不意に出てくると、ハッとさせられる。
前半は日本敗戦による朝鮮半島の解放から始まって、こんにちに至るまでの、半島と、それを取り巻く大国の歴史解説にあてられていて、勉強になる。基本的な歴史や、北東アジアの地政学的なパワーバランスの枠組みも知らず、ただ視聴率さえ取れればいいというメディアが垂れ流すナイーブなネガティブキャンペーンによって洗脳され、「あんな国と誰が国交なんて持ちたいと思うんだ?」などとうそぶいていた自分が情けない。