the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2004/08/01(Sun) ペンギンキャッチ
2004/08/02(Mon) ニュースの多様性
2004/08/03(Tue) キモチ=カッタ
2004/08/04(Wed) 10km泳げるようになりたい
2004/08/05(Thu) 視野の広さ
2004/08/06(Fri) マンツーマンレッスン
2004/08/13(Fri) 夏休み
2004/08/14(Sat) チョコミント
2004/08/15(Sun) 戦争とか憲法とか
2004/08/16(Mon) お盆明け
2004/08/28(Sat) 生活というウスノロ
2004/08/29(Sun) パソコン買った


2004/08/01(Sun)

ペンギンキャッチ

有楽町でデート。ややドキドキする売場を連れ回されてドキドキ。手に汗握りますなぁと、やっぱりドキドキしてるっぽい隣の男の子にむかってうなずいてみる。

千駄ヶ谷のプールへ。5000円のチケットが新発売。5000円で1000円ぶんプラスってことは、入場料600円が事実上500円ってことで、先日の値上げの450円→600円が一気に緩和されたような印象。やっぱり文句がいっぱい出たとか?
今まで見たことのないような激しい混雑。50メートルプールに縦に5人ぐらい並んでゆっくりと泳ぐ。推定50m65〜80秒ペースで4km。久しぶりに多めに泳いだ。

ちょろちょろ練習している5ボール。ある瞬間、なぜだかわからないけどボールがふわりと浮かんで10キャッチほど続いた。なぜできたのだ!? その後なんど試してもNG。
4ボールで200キャッチ突破。もう100キャッチは楽勝だ。シンクロファウンテンも安定してきた。投げる感触が今までとハッキリ変わった感じがある。ミルズメスも上達して、こちらも投げる感触が変わった感じ。
思いついて試してみたペンギンキャッチ。3分ほどの格闘で左手ができるようになり、さらに右手は初回で成功。さすがに連続してペンギンキャッチをする「ペンギン」は、まだ無理なものの、単発のペンギンキャッチは割と簡単。やっぱり全体にボールコントロールと基本パターンの安定性が増しているので、こういうのも楽に習得できるようになってるらしい。前は全然できる気がしなかったのに。ジャグリングはいろんなワザがあって楽しいなぁ。

2004/08/02(Mon)

ニュースの多様性

VIDEONEWS.COMが面白い。ネットのオンデマンド動画で、はじめて視聴料を払う気になった。
テレビや映像メディアに辟易していたのは、やっぱりそのメディアとしての表現スタイルなんかじゃなくて、内容だったってことだ。見るに耐える質の高い映像レポートや対談なら、お金を払ってでもみたい。
これこそネットの有用性だよなと思った。多様なニュースソース、オピニオンがあったほうが、たぶんいい。

2004/08/03(Tue)

キモチ=カッタ

出社前にプール。25分ほどで1300メートル。妙に気持ちいい。
「気持ちいい」という形容詞の過去形を、子どもの頃、「気持ちかった」と「よ」を抜かして口にしていた。3歳から5歳ぐらいの間だと思うけど、あるときその間違いを兄貴に指摘されたことを妙にハッキリと思い出した。「え、だって、おかしくないやんか。キモチーって言うねんから、キモチカッタやんか」。「なんでやねん、キモチヨカッタが正しいに決まってるやないか(笑)」
「アカ=イ」「アカ=カッタ」となるのだから、もし「気持ちいい」という言葉を「キモチー」という音で覚えていて、それを「キモチ=イ」というふうな形容詞として認識していれば、正しい活用は「キモチ=カッタ」となる。「気持ちいい」は、「キモチー」と発音されることも多い。
規則から語彙を推定するのは、子どもがよくやることだし、オトナもしょっちゅうやっている。存在しない単語を、「そうなるはずだ」という理由で逆成する。英語には、逆成されてできた動詞がたくさんある。
「キモチ=カッタで何であかんの? 絶対あってるねんで!」と泣きそうになりながら反論していたときの、釈然としない感情が、妙にリアルに思い出される。あれは遊園地で、縦に回転する乗り物に乗った直後のことだった。今ではさすがに「キモチ=カッタ」はマズイと思うものの(しかし、よくよく聞くと、特に関西系の人に、こう発音している人もいるような気がしてきた)、あのとき自分が感じていた「ぼくは正しいんや!」という感情や、「キモチ=カッタ」という語彙に対する正しさの感覚が、今でもハッキリと残っている。
なんでそんなことを思い出したのか、よくわからない。

2004/08/04(Wed)

10km泳げるようになりたい

今日も出社前に2km。今月はハイペースだ。夏だし、仕事前にシャワーを浴びるようなもんだ。
……運動オンチに見られるのがどうも納得できない。子どもの頃から運動神経はよかったのに。で、ぐだぐだ言っても始まらないので、何かパフォーマンスをと、凡人的偉業としてドーバー海峡横断を思いついた。それで、1年半ほどがんばって泳いでみた。泳いでみた結果、当然と言えば当然だけど、まあ無理かなとあきらめる気になった。
ドーバー海峡というのは、だいたい40km弱。水温がかなり低いこと、日が暮れるまでの12時間程度で泳ぎ切らないと危険なことから、かなりのハイペースで泳がないと無理。やっぱり常人が横断できるような水域じゃない。もっとも、けっこう盛んにドーバーチャレンジというのは行なわれていて(今やそういう団体もあれば、伴走船業者もある)、たぶん年に十人以上は渡っている。ドーバー関連サイトを見ると、往復しちゃうような強者さえいる(ソロの記録表)。チャレンジさえすれば渡れるぐらい泳力のあるスイマーって、日本にもたくさんいると思う。ホノルルマラソンほど気軽じゃないかもしれないけど、エベレストを登るような困難さとは思えない。少なくとも、アタックした3人に1人が死ぬエベレストとは、危険度の点で、まったく違う。
ともあれ、ぼくの場合。そもそも物事には当然ステップというものがあるわけで、まずは10kmぐらい海で泳ぐことを考えるとか、当然そういうことをするべき。
年齢による体力減退よりも、訓練による体力アップのほうが、ずっと大きいという風に楽天的に考えるなら、まあ少しずつ体力を付けてみるのもいいかなと、ゆるーく考えることにした。
1年半前に比べると、体力も技術力もグーンとあがったし、泳ぐことが習慣になったのも収穫。まあ、多忙な企業戦士としてはナンチャッテ会社員といえども、よく泳いでるほうだと思う。でも、そろそろ何かやり方を変えようという気になってきた。頭打ちというのはおもしろくない。
というわけで、ドーバー海峡から一転、急に現実的な、明日にでも実行できそうな目標を、とりあえずこの夏は掲げることにした。まず、10km泳ごう。目標タイムは3時間半だな。
技術向上も筋力向上も、なんとかしないとなぁ。頭打ちはツマラン。

2004/08/05(Thu)

視野の広さ

姜尚中『日朝関係の克服---なぜ国交正常化交渉が必要なのか』(集英社新書、2003)、読了。少し前に出た本で、アメリカによるイラク爆撃前夜という不穏な時期に書かれたもの。アメリカの対イラク戦略によっては、事情が変わってくるかもしれないけど、基本的な北東アジアの安全保障の枠組みや、日本が取るべき基本路線に対する自分の認識は変わらないだろうと書き出されている。
もともと姜尚中が好きなこともあるけど、ちょっとシビれた。ジョン・レノンのイマジンにある例の歌詞、「I may be a dreamer, but I'm not the only one.」というのを、ぼくは少しも素直に受け入れる気になれない。ところが、これとほとんどまったく同じトーンの主張が、この本の後半に出てきたときには、ちょっとグッと来てしまった。
日韓条約と、来るべき日朝条約における、植民地支配の清算と歴史認識をめぐる「不備」も、ナショナリズムの桎梏を越える地域的な相互協力と理解を通じて、真の「和解」をめざして乗り越えていかなければならない。

楽観的な「痴人の夢」として一蹴されるかもしれないが、わたしは、それを願わずにはいられない。
終章に出てくるこの段落は、この本の中でイヤに浮いている。それまで徹底して理詰めで、着実に結論の妥当性を繰り返し論じていたのに、ここで急に著者は「情」を前面に出している。どちらかといえば、思わず出てしまったという印象で、緻密な思考の陰に隠して抑えていた情熱や信念といった本音が漏れ聞こえてくる感じがある。
同じ主張でも、こういう情緒的なものがあちこちに出てくるようになると、もうまったく信用ならんと思うわけだけど、抑制の利いた論証トーンのなかで、不意に出てくると、ハッとさせられる。
前半は日本敗戦による朝鮮半島の解放から始まって、こんにちに至るまでの、半島と、それを取り巻く大国の歴史解説にあてられていて、勉強になる。基本的な歴史や、北東アジアの地政学的なパワーバランスの枠組みも知らず、ただ視聴率さえ取れればいいというメディアが垂れ流すナイーブなネガティブキャンペーンによって洗脳され、「あんな国と誰が国交なんて持ちたいと思うんだ?」などとうそぶいていた自分が情けない。

2004/08/06(Fri)

マンツーマンレッスン

8月に入って、中国語に加えてフランス語のラジオ講座も聴講開始。初めて聞いた回が、たまたま応用編で、いきなりのハイレベルな内容にビビる。大学の第二外国語が役に立ったという話は聞いたことがないけど、それにしても、こんなに読めないものかと悲しくなる。同じ語学講座でも、どうも英語やフランス語はレベルが高めじゃないかという気がする。学習者人口の多さや、学習者の本気度から言えば、アラビア語あたりは永遠の初級者相手とか。
いまの日本の中国語熱って、ビジネス寄りなわけで、コミュニケーション重視という昨今の英語教材的な内容が多い。フランス語は、むしろ学術系の香りがあって、たとえば応用編に出てくる題材は、中国語だと「携帯電話を買ったんだ、え、カメラついてるんだ? そんなのいるの?」という会話だったりするけど、フランス語のほうは、ケベックに入植した初期フランス人の歴史を勉強しましょうなんてのが来る。これは教材を構成する教師の違いもあるのだろうけど。
タイムゾーンの関係もあって、オンラインでチャットをやると、台湾や中国本土の人たちとたくさん出会う。というわけで、早速いろいろと中国語を使って言えるだけのことを言ってみたりしている。向こうはたいそう喜んで教えてくれるし、けっこう楽しい。Unicodeの威力で、今や漢字を使ったコミュニケーションも可能だったりする。しかし、簡体字も繁体字も使いたいとなると、やっぱり面倒だな。

2004/08/13(Fri)

夏休み

やや泳いだり、やや本を読んだり、ややジャグリングしたり、海でいちゃいちゃしたりの夏休み。
1週間で合計14kmぐらい泳いだ。いい感じ。久しぶりに海でも少し泳いでみた。子どもの頃はむしろプールより海で泳がされたほうなので、特に何ということもなく泳げるような気がする。
驚いたこと。波が寄せては返す砂浜で、がばっと砂をつかんでコロコロと手のひらで少し転がしてあげると、泥の玉がジャグリング可能になる。砂遊びが楽しい。
逗子の一色海岸で歌凛さんのビーチライブ。アコースティックギターのボサノバの響きがいい感じ。アンコールに応えて『氷雨』。きたーっ。生で聞いてみたかった。
久しぶりの海。風も砂浜も波も気持ちいい
チャーリー・ダンシーという人が書いたジャグリング百科を購入。

2004/08/14(Sat)

チョコミント

ごく近所にサーティーワンアイスがオープン。お酒をやめて以来、甘いものの誘惑にあっけなく屈する生活を送っているぼくとしては、割と要注意。
チョコミントや抹茶など、緑色系が好き。
いつまでも暑いですねぇ。

2004/08/15(Sun)

戦争とか憲法とか

夏休みの読書。『モノの原価がまるごとわかる!』([秘]情報取材班、青春出版社)。『憲法対論---転換期を生き抜く力』(奥平康弘・宮台真司、平凡社)、『大東亜会議の真実---アジアの解放と独立を目指して』(深田祐介、PHP研究所)、『パパラギ---はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集』(ツイアビ、エーリッヒ・ショイルマン/岡崎照男訳、立風書房)。
憲法本と大東亜戦争本がきわめて刺激的でおもしろかった。原価本は予想外に楽しめた。
パパラギは、驚愕の本だった。初版から80年も売り続けてるというけど、これは世紀の詐欺じゃないだろうか。なんでこの見え透いたでっち上げの文章の塊を、「創作」だと疑うヒトが少ないんだろうか。至る所に奇妙な記述がある。内容からしても文章からしても、その大部分を書いたのは1920年代に生きたヨーロピアンに違いない。南の島の酋長が書くようなものではありえない。人を食った話だ。驚きは、こんなルサンチマンと敵意に満ちた浅薄な文明ヒハンに、やたらと共感している素朴な人々が21世紀の日本にもいっぱいいること。1920年代のヨーロピアンにウケたのは、まだわかる。1960年代にアメリカのヒッピーにウケたのも、まあしょうがないかなと理解できる。しかし、21世紀の日本人が、こんな低レベルで前世紀的な寝言に同調するなんて……。

2004/08/16(Mon)

お盆明け

お盆明け。出社前に1500メートル泳ぐ。1000を17分50秒。17分台も、ぜんぜん大変な気がしないのは、オリンピックの競泳で各国選手の渾身の泳ぎを見たからという精神的なものもあったりして。筋力を付ければ16分台も手が届きそうな気がしてきた。むむん。
1週間以上も空いたのに、意外と仕事に身が入るのに自分でも驚き。

2004/08/28(Sat)

生活というウスノロ

「あなたと暮らしてゆきたい。生活というウスノロがいなければ……」と歌った佐野元春をふと思い出して、ちょっとぞっとした。
東條英機をはじめ、かつて日本の政治家は、ここぞという外交交渉のときに、和歌を引用したり、故事成語を口にしたりということをよくやったらしい。訳せと言われた通訳は当然困り果てるし、なんだかよくわからない訳を聞かされたほうも、どういう意図なのか、文脈に照らしてみてもよくわからない。それどころか玉虫色の曖昧な返事にさえ聞こえる、というようなことがあったという。
東洋的教養というのか。どこかヤンゴトナクて貴族的だけど、情緒的なコミュニケーションを外交に持ち込むのは最悪。と、このあいだアジア現代史の本を読みながら思っていた。
でも、なんのことはない、そういう遺伝子をぼくは引き継いでるじゃないかと、自分でちょっと恥ずかしくなった。「同棲」という即物的な言葉じゃなく、何かもう少し別の言い方はないかと思った瞬間に、頭のなかにメロディーが流れて来るんだから。
ここのところ恋人と一緒に暮らしていて自宅に戻っていない。自宅のパソコンで書いている日記も滞りがち。

2004/08/29(Sun)

パソコン買った

ThinkPad X40を買いに行くつもりで秋葉に向かったのに、気づけばX31を抱えていた。やっぱり現物を触ってみると性能の差は歴然。タイプしてみるとキータッチもX31のほうが断然いいし。1.66kgと若干重たいというだけで、価格、性能、モノとしての作りと、どれをとっても良いマシン。
がすがすとソフトを入れる。で、VMwareも入れて、ゲストOSとしてDebian GNU/Linuxをインストール。デスクトップのLinux環境を、ノートパソコンのエミュレーション環境のなかにお引っ越し。いま、その中から日記を更新できるかテスト中。CPU、グラフィック、ネットワークともネイティブだと言っていいぐらい速いけど、さすがにディスクI/Oが遅く、2MBのファイルを編集していて、頻繁にセーブをすると、若干もたつきが感じられる。
どうやら、日記の更新はできたらしい。これでLindows OSとはさようならで、またATOKからCannaへ逆戻りだ。

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