2004/09/09(Thu)
で、でんちが切れた!
ウォシュレットの操作パネルは無線で便器横にある本体に指示を送っている。この操作パネルの電池切れ警告インジケーターがずっとぴこぴこ光ってるよという話を同居人にしたら、「引っ越してきたときからそうだったんだよね。でも動いてるから」という答えが返ってきた。警告がついたまま1年以上も動いてるらしい。
 | 電池の切れた操作パネル。 |
今朝、おしりに水流を感じながら、ふと思った。「でも、もし、切れちゃいけないタイミングで電池が切れたらどうなるんだろう……」
そう何気なく思ったら、なんとなくいやな予感がした。前後動がなく、水流がいやに単調だ。マッサージが「入」になっていない。確かにいつもどおり、チョチョンと2度ボタンを押したはずなのに。
停止ボタンを押す。警告インジケーターはぴこぴこするけど、水流は止まらない。どのボタンもまったく反応なし。
こういうとき、人って必要以上の速度でものを考えるもので、0.5秒で浮かんだアイデアは、意味不明。「お、おつちけ。まずは、ふたを閉じて無理矢理水流をせき止めて、しかるのちに水道の元を閉じればいい」。
ぷひゅー(水流の音)。
焦ってるあいだも、単調な水流がおしりを刺激。いつもはこそばゆいようないい心地なのが、まるで水圧が倍加したかのようにプレッシャーに感じられる。
ぷひゅー。
急に電池がなくなるにも程度ってものがある。少し休めればボタンもまたきくだろう。そう思って10秒ほど耐えてみる。
ぷひゅー。
満を持して「止」を力強く押してみる。
ぷひゅー。
むなしくインジケーターがぴこぴこ明滅するばかり。
少し落ち着いて(水ぐらいであわてるなよ)考えてみたら単に電池を取り替えればいいだけ。ちょうど同居人が「ここに電池があるから」と家の案内をしてくれたばかりだった。電池はトイレを出てすぐの戸棚の中にある。
問題は背中に水流を受けるまえに、ふたを閉じる敏速さが三十路のぼくにまだ残ってるかだ。手で水流を止めるのもはばかられる。そもそも、そこにあるべきおしりがないときに、この水流がどこまで飛んでいくものか、まったく見当がつかない。こんなことなら、ふだんから弱めの水流にしておくべきだったんじゃないかと、本末転倒の後悔。
ぷひゅー。
と、これを書きながら、いま思いついたけど、無線じゃなくて本体側にも制御ボタンがあったはず……。
結局、なんで泣いてるかもわからなくなった幼稚園児のように泣きじゃくりながら、狂ったようになんどもなんども「止」ボタンを押していたら、そのうちの一打がきいたらしく、水流は止まった。
ぴゅーぃぃぃ、、、うぃーんんん(シャワーノズルが引っ込む音)
2004/09/15(Wed)
締め切り
締め切りを1週間勘違いしていて、1週間も早く原稿を書き上げそうな勢いだったはずなのに、やっぱり締め切りが迫ってみるとバタバタ。なぜだ。ところが、やっぱりまたしても1日勘違いしていたものだから、気づけばわりと楽な感じに。なぜだ。なぜ10年も編輯者をやっていて、締め切り日を間違えるのか。
某社記者発表会で大手町へ。今日の東京は空気が冷たくて、半袖でバイクに乗ったら凍えそうになった。それよりも、なぜかプレゼンのあとに、その会社にまつわるマニアックなキーワードをふんだんに用いたクロスワードパズルを強制されたのが凍えそうなできごとだった。「さぁ、どうぞ!」と言われてもなぁ。驚いた。
趣向を凝らしたというヤツだけど、考えすぎ。時間に追われていることが多い記者たちには、こういう遊びは不評に違いない。ぼくだって、締め切りに追われ、締め切りを忘れるほど忙しいというのに。しかし、とりあえず挑戦されたからには、本気で解くよと、腕まくり。クロスワードは中学生のときに、パズル雑誌でひと通りハマったから、ちょっとうるさいよ。
「弊社の本社があるアメリカの州の名前は?」「そんなもん、知るか!」と心のなか叫びつつも、猛然とプレスキットの資料をひっくり返して、該当する情報をサーチ。「ク」で始まる、わりと長い名前の州名。ん?
どうも、キーワードの収まりが悪い。クロスワード作りの最低限の作法は押えてあるようだけど、まあこのへんがシロウトの作品だなと、心のなかで苦笑い。しかし、どうも様子がおかしい。解けるようで解けない。
ぼくの解答をみた担当者が、あわててマイクを取って、こういう。「あっ、みなさん、マス目はカナじゃなくて、アルファベットか数字で埋めて下さい!」。うがっ……。心のなかで苦笑い。案外、カタカナ表記とアルファベット表記は文字数が偶然一致することが多いようだ……。
 | 写真と本文はあんまり関係ありません。このところ東京タワーを毎日見るようになったなぁと。 |
2004/09/17(Fri)
異なる人格
昨日で34歳になった。歳をとった。実際には加齢というのは日々、毎秒毎秒進むものだから、誕生日だからって、そこでプラス1ということには象徴的な意味しかないわけだけど、やっぱり歳をとったなと思う。
プレゼントでジャグリングボールをもらった。バウンスジャグリング用のよくはずむボールも5つほど。またボールのコレクションが増えた。バウンスなら5ボールカスケードも比較的やりやすそうな気がする。
なんとなく心がささくれているような気がする日々。人との接触摩擦係数が、極端にあがったり、下がったりしている。
このところ、古くから付き合いのある人たちには人格が変わったように言われることが多い。とくに彼女と一緒にいるときはキャラが違うんだとか。いったいなんで周囲の反応がこれほど変わったのか。本人としては非常に意外に思いつつ、これはどういうことだろうかと、あれこれ考える。
やたらカッコつけで理屈っぽいのが、ちょっとおバカでおとぼけの入ったおこさまキャラになった、ということだと思う。丸くなって、少しはつき合いやすい奴になったように思われているのかもしれない。でも、ぼく自身は、ほとんど何も変わったようには思っていない。単に今までもあったある側面を、それを見せていなかった方向に少し思い出したように見せているだけじゃないかと思う。でも、よくよく思い出してみれば、いまそうして周囲をちょっと驚かせている、気取らない、ちょっとおばかなキャラこそ、もともとぼくがよくつけていた仮面じゃなかったか、という気がする。バカを演じることは大切だと、そう考えていたように思う。なぜなら、人間は自分が思う以上に、事実バカなんだから、と、そんなふうにも思っていた。
いっぽうで、独善的でシニカル、いつも人を小馬鹿にしたような鼻持ちならない態度が前面に出て来ることも、たぶん非常に多い。なんだか気難しそうで、こむずかしいことを言ってるえらそうなヤツ。すぐに議論に本気になるし、ヒステリックに自己防衛と他人の批判を始める。理論武装だけはもっともらしい。とくにこの日記なんかを見ている人やオンラインでぼくを知る人は、そう思う傾向が強いらしい。
周囲の反応に大きな違いがある。周囲の人々の反応は、こちら態度の鏡のようなものだから当り前。じゃあ、ぼくはどうするべきか、どうしたいのかと言えば、当然ひとに好かれたいし、笑ってもらいたい。これは常に思い出して、常に徹底したほうがいい。
なんで、こんな思春期の子どもみたいなことを……。
最近のぼくが少し感じがよくなった、表情が明るくなったとすれば、それは彼女のおかげなのだろうと思う。ぼくはもっと素直な人間になりたいし、もっと謙虚で明るい人になりたい。彼女の前では、そうなれるような気がする。
とまあ、こういう素朴を装ったポーズも打算ではあるわけですが。
2004/09/18(Sat)
横浜のおばあちゃん
白金高輪とか、港区という場所は、あんまり人が住むようなところじゃないらしい。休みの日になると、ひとけが少なくて、少しゴーストタウンのような様相を呈する。日用品や生活雑貨を買うようなお店についても、どうもぼくが知る東京の街とは何かが違う。
妙に古くて寂れた商店街があるいっぽうで、妙に高くてこじゃれたお店がぽつんぽつんとあるというヘンな街。東京ならどこの街にもありそうなコンビニも、密度が薄くて、いまだに個人経営のよくわからない小さなスーパーがちょろちょろとあるという感じ。
とくになくて困るのが、いわゆるふつうのパン屋。リトルマーメイドとか、ポンパドールとか、そういう、ふつうのパン屋がない。代わりにあるのが、昔ながらのコロッケパンやクリームパンを売る田口パン店という、老夫婦が民家の軒先で営むぼろーいパン屋(でも実は隠れた超人気店だったりする)か、そうでなかったら、やたらブルジョアな感じの高ーいパンばかりのお店。
白金高輪駅前の、メゾン・カイザーは、そんなプチブルなパン屋のひとつ。おいしいんだけど、どのパンも平気で300円とか500円の値付けがされていて、ちょっとあれこれ買うと1000円を超えたりする。耳なれない名前のチーズもいいけど、ささみチーズフライのサンドイッチとか、明太子フランスパンとか、そういうのがないのは寂しい。だいいち、昼にパンを食って1000円はないだろう……。やっぱり住む人たちが違うのか。
 | 今日の朝ごはん。白金高輪のメゾン・カイザーの生ハムとルッコラとなんとかチーズのパン。おいしいんだけど、520円もする! |
同居人が友人を見舞いに横浜に行くというので、入院先を聞いてみれば、なんとぼくのおばあちゃんの入院先と偶然にも同じ。一緒に病院に行って、それぞれ別々にお見舞をすることにした。
もう90歳のおばあちゃんは、転んで頭を打ったとかで、どうも痴呆が進んでしまったらしい。「こんにちはっ」と元気よくベッドの前に顔を出すと、パッと表情が明るくなって少ししゃべったものの、すぐにぼんやりと遠くを見つめて黙ってしまった。
眠い人が現実と夢を行き来するときのような、焦点の定まらない目をしたまま、ゆっくりとぼくを見て少し微笑んだり、窓の外をみやったり、ほとんど目を閉じたりと、外界への反応の仕方が、きわめて低調で不安定。本当は、いままであまり話したことがなかったぶん、いろいろと昔の話を聞きたかったし、こっちもいろいろと話そうと思っていたけど、いちど覚醒のレベルが落ちてしまうと、もうこちらの質問にはまったく無反応になってしまった。ベッドの横にいて、ぽつんぽつんと話し掛け、笑いかけてはみたものの、どうにもいたたまれない気になって、けっきょく30分ほどで席をたった。「じゃあね、ぼくは帰るよ。わかる? 帰るよ。また来るけど、元気でね」というと、おばあちゃんは、笑うでも声を発するでもなく、じっとこちらを見る。あぁ、やっぱりわかってるし、病院なんて退屈で寂しいのかな、あまり話したことのない孫でも、そばに座ってるほうがうれしいのかなと思って、また少しいろいろ話し掛けてみる。それでもやっぱり不思議なほど、無反応。
高齢になって大きな外傷を受けたりすると、本人が殻に閉じこもってあきらめてしまうようなことが多いのだとか。「病は気から」。気力がおとろえた高齢者は、いったん落ち込むと戻って来れないというような話らしい。それでも、ここ数か月はかわるがわる訪ねて来る孫たちのおかげなのか、ずいぶん元気を取り戻したと、そう聞いていたのだけど。
病状を説明してくれた看護婦さんは、まだたぶん20代半ばで「溌刺」という形容がぴったり。この人も21世紀の後半には、いまと立場が入れ替わってベッドで病状を説明される側にならないとも限らないわけだよなと、ヘンな想像。
久しぶりの横浜。根岸の駅で電車を降りるなり、プルーストばりの匂いによる記憶の喚起を体験した。20歳のときの匂い、横浜の匂い。鮮明に過去の記憶が甦る。いままで意識したことはなかったけど、何の匂いだろう。潮のかおりじゃなくて、かすかにケミカルな、、、と思って、ハッと気づいた。それは、埋立地にある精油所から来る何かの化学物質のにおいだった。希釈された有機溶媒のような、塗料のような、そういう化学的なにおいだった。潮のかおりと、有機溶媒の混ざったにおい、それがたぶん、ぼくには懐かしい、「あのころ」のにおいなんだろう。
本牧を抜けるバスに乗って、元町へ。横浜を離れて10年近いので、ずいぶんいろいろと変わっていること、逆に変わっていないことに驚き。
元町の商店街や中華街を散歩。歩いている人も街並も、東京とは違う。住んでいるときはそうは思わなかったけど、やっぱり東京に比べると、いなかなんだよねと、やっぱり横浜に住んでいたことのある彼女と話す。
 | チャーミング・セール中の横浜元町商店街。ふと振り返ると月がきれいだった(けど、激しく手ぶれ)。 |
2004/09/19(Sun)
おにぎりセンベイ
本を読んでいたら、関西系のOLの座談会に、懐かしい名前がふたつ出てきた。ひとつはレディーボーデンというアイスクリーム。もうひとつは、おにぎりセンベイ。どっちも子どもの頃から、よく口にしていた味だし、レディーボーデンなんて、テレビCMで使われていた音楽まで口ずさんでしまいそうなほどだけど、そういえば長らくお目にかかっていない。たぶん、どちらも関西でしか有力でないブランドなのだろう。すっかり全国区だと思っていた食べ物が、そうじゃなかったという例は、どこに住んでいる人にもある経験。551のホーライのアイスクリームのように、関西を離れてすぐに、それが関西ローカルであることに気づくような有名なものもあるけど、中途半端な知名度なだけになかなか気づきづらいものもある。おにぎりセンベイに関しては、まったく盲点だった。10年以上も気づかなかった。これを読んでる人でも、「なんじゃそれ?」と思ってる人と、「えっ、あれを食ったことないやつなんて、おるんけ?」と思ってる人がいるはず。
ひさしぶりに天井の高い方南の部屋でジャグリング。ものすごくピュンピュンと高い玉を投げあげるジャグラーのビデオを見て刺激され、なにか高いボールのトリックをやってみる気になった。高いボールは気持ちよさそう。
3ボールシャワー(日本式お手玉)の変形パターンで、ハイローシャワーと言われる奴を試してみた。ふつうに3つのボールをくるくると回すところから始まり、1個だけ急にヒュンと高く投げる。そのボールの滞空時間は長いので、そのすきに低目のボールを投げて、後から投げたボールが前のボールの下を追い抜くように投げることができる。高く投げたボールの下を低いボールが通っていき、また3ボールシャワーに戻る。中中中高低中中中となる。
なかなか難しいけど、ここのところ3シャワーが急激に上達しているからか、思ったよりもすぐにできた。ハイローシャワーは、予想通りすごくキモチイイ。ホントにうまく行くと、タタタタタタという一定のリズムはまったく乱れることなくピタッと決まる。
 | これがハイローシャワー。ムービーで撮ってみた。 |
ピタッと決まると言えば、531と呼ばれるパターンも試してみたら、これがびっくり。ホントにピタッと決まるパターンだった。これは3ボールカスケードで投げているときに中中中高中低中中中と投げるパターンで、やっぱりボールの順番が入れ替わるのに、なぜかきわめて滑らかにつながる。それは「(5+3+1)÷3=3」という式を手とボールでやっているようなもの。531はまだ連続してできないけど、右も左もできたし、すぐにつながりそうな予感。
 | これが531の動き。こっちもムービー。 |
調子に乗って、サイトスワップ系のパターンで有名どころをもうひとつやってみた。441というヤツ。たいして美しくもないし、いままで、やるほどの価値もないと思ってたけど、やってみてわかった。これは人に見せるというより、自分でやって気持がいいパターンなんだ。
しかし、簡単なものばかりとは言え、思い付いてすぐにサイトスワップが投げれるようになってるなんて、われながら成長したかも。またまたジャグリングが楽しくなってきた。
2004/09/20(Mon)
FTDファイル
プールで1500メートル。今月はゆったりペースで、とてもじゃないけど、1日で10km泳ぐという目標は達成できそうもない。がっくり。
本屋であれこれ立ち読み。洋書コーナーでデール・カーネギーの本を手に取る。とくに売れた2冊を1冊にまとめた、無駄にぶ厚い本だけど、読者に語りかけるような口語文体が読みやすい。元上司なんかは、「カーネギーの本を読む層が、私には永遠に理解できないよ」と言うし、確かに愛読書にあげるとちょっと恥ずかしい本だとは思うけど、やっぱりいいことが書いてあるんだよなぁと思いながら、ぱらぱらとページを繰る。
そのなかにカーネギーが実践していた「FTDファイル」というようなものが書かれてあった。「Fool Things I Did」、自分がしでかした馬鹿なことをメモにとって、それをFTDファイルにどんどん溜めて行く。ときどきそれらを取り出して秘書に読ませたり、あまりにプライベートな内容のものは自分で書き写したり、ということをしたらしい。
冷静に、客観的に考えると、本当にバカなことをしたなと、後悔することがある。それだけならまだしも、同じバカを何度も繰り返す愚かな自分がいたりする。そういうのには、効くのかもしれない。
夜、同居人の兄夫婦とご一緒して恵比寿のフカヒレラーメンの店「
筑紫楼」へ。ラーメンというから、すっかりラーメン屋を想像していたけど、行ってみれば、こぎれいな中華料理店だった。パイタンスープでいただくフカヒレのそばは、確かにうまい。エビマヨもうまい。フカヒレ丼は、うーん、うまいが味が単調すぎる、、。
お茶をがぶがぶ飲みながら、いつまでもおしゃべりモード。同居人の兄がトイレに席をたったとき、いったん奥に行ってから妙な方向に歩いて行った気がして、ヘンなところにトイレがあるんだなと思ったら、実はそのタイミングでレジで支払いを済ませていたらしい。ソツない感じが業界人っぽい。ごちそうさまでした、と。
ハンズで買った、バウンス・ジャグリングのビデオがあまりにも内容がしょぼくてガッカリ。
2004/09/24(Fri)
筋力の問題か
5ボールカスケードが上達しない。一時期に比べると熱意も下がり気味で練習時間が短めということはあるけど、それにしてもダメ過ぎる。7、8キャッチは確実で、10キャッチも頻繁にできる。まれに12キャッチもある。でも、もう何百回も投げてるはずなのに、投げたと思えばボトボトと落しては拾うという作業を延々と繰り返すだけ。
4ボールと比べると格段に難しいとは聞いていたけど、本当に難しい。徐々に徐々に前進しているようにも思うけど、あまりにも進歩が遅いので、やっぱり年齢の問題だろうか、あるいは筋力の問題だろうかと思い始める。才能の問題とは思っていないってところが、子どもの頃から、なんでも飲み込みが早かったぼくの自信過剰なところ。何百時間必要かはわからないけど、ともかくたくさん練習すればできるようになるとみんな言ってるんだから、ぼくにだってできないわけがない。
久しぶりに気合いをいれて(ってムキになってしまっただけだけど)、2時間ほど汗だくになって練習。腕の筋肉や持久力が足りていないような気もしてくる。高速に、それなりに高くボールを投げ続けるというのは、かなりの運動量になる。
と、こういう苦労があるからこそ、5ボールは「ジャグラーの試金石」と呼ばれ、100キャッチを突破したときには、中からこみあげてくるものがあると、みんな達成感の大きさを口々に言うんだろう。5ボールは、最初で最後の壁という人もいる。5ボールをマスターした人は、進歩のきわめて遅いトリックの練習を何年も根気よく続けるという耐性や練習スタイルができあがるからだそうだ。
そういえばジェイソン・ガーフィールドという世界でトップレベルのジャグラーの教習ビデオによると、8ボールのマスターに必要な時間は、だいたい10年から30年だそうだ。
2004/09/25(Sat)
ジャグリングサークル初参加
夕方、駒場小学校の体育館へ。東大の学生が中心となって活動しているジャグリング・サークル、「マラバリスタ」の練習に初参加。マラバリスタは、日本で最古のジャグリング・サークルで、日本にジャグリングブームというのがあるのだとしたら、震源地のひとつは間違いなくここというような場所。ピーター・フランクルに弟子入りをした中嶋潤一郎さんが起こしたサークルで、中嶋さんは、、書籍とビデオを通して多くのジャグリング初心者の師匠となっているというような人。マラバリスタは、いわゆる大学のサークルだけど、いまや他大生、中高生、社会人の入り乱れる日本最大のジャグリングサークルになっている。
19時前、うす暗い小学校の校庭に足を踏み入れる。鉄棒や水飲み場がずいぶん小さく、低いことに驚き。小学校という敷地に入るのは何年ぶりか。運動場を少し歩くと横手にある体育館に煌々と灯がともり、かすかな音楽と話し声、カランカランとクラブを落したときの音なんかが聞こえてくる。やってるやってる。
前ぶれもなくいきなり訪れたので、部長さんに話をして、ひとまず適当に見学させてもらうことに。
大道芸を見る一般観衆という立場をのぞくと、自分以外の生身の人間がジャグリングをやるのを見るのは始めて。しかも、いきなり大量に見たものだから、目が泳ぐ泳ぐ。「おーっ、すごい。おーっ、こっちは6ボールハーフシャワー、あっちは7ボール5アップピルエット、あれは4ボールキャリー」とか、大騒ぎ。見たことのない、はじめて見るワザもいくつかある。
 | マラバリスタの練習風景。リング、クラブ、ボール、スティック、ディアといろんな道具を操るジャグラーがいっぱい。ジャグリングに興味のない人が見れば異様な光景かも。 |
13歳からはじめて現在16歳という子に話を聞いてみる。今日も午前中から練習しているし、いったん練習すると3時間とか4時間とかやるという、ジャグリング中毒状態。そんなに練習するんだ……と、ちょっと驚き。ジャグリングの話を本当に楽しそうにする。軽々と6個とか7個のボールを操る。すごい。
3年生の人と話をする。聞いてわかったけど、やっぱり5ボールカスケードというのは、20歳前後という若い人たちでも習得は難しいものらしく、10人の新1年生がいたら、1年の終りに5ボールが投げられるようになっているのは、10人中1人か2人という程度のものらしい。ジャグリング歴8ヵ月で5ボールの練習がかすかに形になり始めているぼくは、決して進歩が遅いということはないらしい。
30代の人、40代の人、1年生あたりにも話を聞く。いろいろと参考になる話がいっぱい。まだ手元がおぼつかない1年生に、クラブを3本かりて3クラブ・カスケードを試してみた。いきなり失敗。想像していたよりは、何とかなりそうだけど、やっぱりボールとは違う別の感触。でも、そのうちクラブもやるかなぁーという気に少しなった。
みんな言うけど、基礎的なところをマスターすると、ボールにこだわる人、クラブに惹かれる人、ディアボロやスティックに行っちゃう人、コンタクト系に走る人などと、好みによって進む道が分化するらしい。ぼくはいつまでもボールじゃないかという予感がしている。抽象度の高さとシンプルさで、やっぱりボールが王道じゃないかと思える。
2時間ちょっと、上手な人たちの練習風景を眺めたことで、がぜんやる気が戻って来た。
2004/09/26(Sun)
ありえる世界は現に存在するのか
1975年にエバレットが定式化した量子力学的多宇宙解釈や、人間原理をめぐって、唯心論、唯識論、唯物論、意識などという話を雑談していたとき、知人の哲学研究者に、多宇宙解釈は分析哲学者の間で今も議論が続く「可能世界論」に通じているように思うと教えて頂いた。ルイスという人を嚆矢とするらしい。
ルイスという名前から、なぜかアリスのキャロルを連想し、さらに「哲学の世界で以前から」という言葉から、可能世界論というのはてっきり200年や300年のスパンで議論されてる話かと思ったけど、どうもそんな古い話ではなかったらしい。ちょっとネットで調べてみると、デイビッド・K・ルイスという現代的な可能世界論のパイオニアは、2001年に60歳で他界した同時代人だった。ぼくの親世代ではあるけど。
現代的な意味での可能世界論はルイスからはじまるものとしても、たとえば17世紀のライプニッツをはじめ、古くから可能世界を論じていた哲学者は多い。そういう意味では、可能世界論は量子力学の多宇宙世界よりも、ずっと古いということになるらしい。古くからある可能世界論が、厳密さと大き目の体系を備えて、ルイスによって現代に甦った。そこから、現代的な可能世界論が花開き、哲学や論理学のみならず、言語学や心理学といったジャンルで多くの成果をもたらしているということのようだ。奇しくも、哲学者たちは量子論の多宇宙解釈が登場したのと同じ頃に、その存在を知らずに可能世界論を論じ始めたらしい。いっぽうの物理学者のほうはといえば、哲学者が議論する可能世界論のことを、いまでもあまり知らないという。確かに知られていないような気がする。とくに日本では英米系の、数学や論理学との結び付きが強い分析哲学よりも、文学や芸術と結び付きの強いフランス思想系のほうが多く「哲学」として輸入、紹介されているからという側面もあるらしい。
ルイスの名前も可能世界論も、どちらもピンと来ないので、可能世界論のいい入門書を3つほど推薦していただいた。そのなかで、もっとも読みやすそうな一般向けの書籍、三浦俊彦『
可能世界の哲学---「存在」と「自己」を考える』(NHK出版協会、1997)を読んでみた。問いや命題の立て方、議論の進め方といった技術的ディテールの部分で、理系的バックグランドを持つぼくには違和感を感じる点もいくらかあったけど、とても面白く読めた。
可能世界とは何かと言えば、「ドラえもんが実在する世界」「西村賢が女である世界」「2001年1月1日に第3次世界大戦が勃発して10億人が死んだ世界」「重力が距離に比例する斥力である世界」など、われわれが現実世界だと思っている世界とは異なる、「こうありえたかもしれない」が真となっているような可能な世界のこと。この可能世界の数はいくつあり、それらの関係はどうなっているのか、そしてなにより、それらの世界は実在なのか、単なる虚構なのかというところで議論が続く。もっとも極端な立場は、無限にありえる可能世界というものを、思考実験による産物や抽象的存在としてではなく、われわれの住む時空とは異なる実在としてパラレルに存在しているとする様相実在論(可能主義)の立場。想像可能な世界は単にありえたというだけでなく、実際にそのような形として、ある別世界に実現しているという、ちょっと荒唐無稽な過激な主張。
ぼくは、こういうジェットコースター的な目くるめく発想の転換が好き。「信じがたいこと」を信じがたいからという理由で退けるのは思考停止だと思う。信じがたいけど、観察と理屈を詰めて行けば当然帰結される結論というものこそが、科学革命をひき起こして来たし、認識の地平を広げて来たわけだから、少なくとも「信じがたい」という理由で思考実験を一笑に付するような態度は、もっとも避けるべきものだろうと思う。もっとも、このもっとも過激な様相実在論を本気で主張する哲学者は、世界にも1人か2人しかいないという話。ただ、議論自体は、この様相実在論を中心に巡っているようなところがあるらしい。
可能世界はすべて実在だとする過激な様相実在論に対して、穏当な現実主義的立場を取る哲学者も多い。可能世界を、世界認識や言語や論理の分析などに役に立つ抽象的存在に過ぎないとする立場、言い替えれば、存在するのはやっぱりわれわれの世界だけで可能世界というのは、そのわれわれの世界での想像の産物に過ぎないというのが、クリプキを主唱者とする「現実主義」と呼ばれる立場らしい。
ここには、「存在しないが役立つもの」として、かつて虚数がたどったのと似た構図があるように思える。宇宙論の世界でも似た話がある。われわれが体験する実時間に対して、虚時間というものは、いったい計算のための便法に過ぎないのか、あるいは実際に物理的に意味のある宇宙の属性なのかという議論。
中世神学者の神の存在証明というような形而上学的な議論って、そもそも無神論者であるぼくのような人間には、言葉遊び、しかもまったく直観に訴えるところのない意味のない言葉の連なりだと思える。そうした「いったいこの文章は何を意味しているのか、あるいは何も意味していないのか」といった曖昧模糊とした言説を分析するのに、可能世界論は強力な武器となる。なぜなら可能世界とは、与えられた論理空間の様相を示しており、可能世界間の関係や位相は、言葉の論理を明確な形で写す、いわば論理の幾何学であるからだ、というわけらしい。古来、われわれの言語的直観を超えてしまうために真偽を議論するどころか分析すらできなかったような論理学上の命題というものも、可能世界間の「到達関係」という、数学の集合論で出て来る順序や写像といったものにも通じる概念の導入により、すっきりと解消されてしまう。同様に、言語による命題、性質(形容詞)、関係の記述といったものを、エレガントに統一的に整理できる。可能世界論は、ある種の論理計算を、その意味をクリアにしつつより直感的で簡単な幾何学的イメージへと分解、還元してしまう強力で実用的なツールであるということは言えるという。
未知の世界なので断言はできないけど、この本は、哲学者の数だけ解釈があるともいう可能世界論の、きわめてわかりやすい見取り図となっているように思う。専門的過ぎず、個別の議論に入り込みすぎず、手際よく分類整理してくれている。で、もっとも気になる「だからさ、その可能世界論の特定の立場を取ると、一体われわれは世界や自己や意識や生命というのものの存在を、どう捉えられるの?」という思考実験の材料も、たくさん提供してくれている。それは人間原理が知性の存在の不思議感を解消してくれるというのと似たような意味で、われわれの、もっといえば、ぼくにとってぼくという存在がなぜこうであるのか、なぜぼくが存在していない状態ではなかったのかという実存的な認識問題を、直観に訴える形で解消してくれる、ような気がする。
クワインの著作に挫折した、というより買ってから読む気がまったくしなくて放置してしまった経験もあるぼくは、どうにも20世紀哲学の精華でもあるはずの分析哲学や言語哲学、論理学というあたりを、「当り前のことをもったいぶった記号で弄ぶ知的ゲーム」ぐらいに思っていたところがある。でも、世界とはどういうふうに存在しているのかを考えるということは、それを認識する主体の論理、それを支える言語ルールとは切っても切り離せない関係にあるわけだから、やっぱり論理とは何か、命題の真偽とは何か、ある命題が真であることが可能である、あるいは必然であるとはどういうことなのかを、吟味、分析することは、重要なことに違いないんだろう。
なんら意味のある結果や豊かな果実ももたらさないものであれば、論理の分析はゲームっぽい様相を呈するけれど、数学的体系とのアナロジーで成り立つ論理学の世界は、ただ内部整合的であるばかりでなく、現実に存在する世界を認識するに当たって確かに豊かな示唆を提供しているように思える。古典的、あるいは常識的な論理体系とは違う、「Pであり非Pでもある」が成立するような論理学なんてのも分析哲学の人たちは考えるらしい。ちょうど平行線公理を捨てて、ことなる公理を突っ込むと非ユークリッド幾何学が整合的な体系としてその巨大で豊かな姿を現わしたように、論理学の世界にも、「T」「ブラウアー体系」「S4」「S5」などと呼ばれる、それぞれ基本的な推論の前提が異なる体系が研究されているらしい。可能世界が、1つの論理空間のなかで無限の世界を含むというのをレンコンの輪切りのような形で示すとしたら、違う論理空間にはまた違った無限の可能世界が存在する世界というのは、レンコンの輪切りを縦に立体的に無限に並べたようなイメージになる。
最近、いろいろな経験から、古典的というか当り前の論理になじまない論理、たとえば東洋的論理のようなもののほうが、現実世界の認識には役立つ場合も多いのじゃないかという直観を持っていたので、ぼくは、ぼくらが住む世界というのは複数の論理空間が多次元的に入り乱れる交点に現われる結晶のようなものじゃないかという印象を持っている。といっても、これは、自分と他者の認識や論理が時としてすれ違うというきわめて形而下的で実践的なコミュニケーション上の話を、「それは住んでいる世界が異なることを意味しているのだ」という青臭い表現で言い訳しているだけかもしれないから、哲学的認識や、まして物理的認識としては、あまり意味はないとは思うけど、、、
。といって、まったく無関係とも思えないという印象を受ける。経済学でも社会学の世界でもいいけど、1人の人間や集団としての人間、あるいは生物と言い替えてもいいけど、そういうエージェントの行動基準をみてみると、論理的な合理性が一見成り立っていないように見える場合が非常に多い。「意識」が世界を把握するのだとしたら、意識のありようが、常に古典的な論理体系からこぼれ落ちる以上、世界というものがS5的な論理空間であると前提する理由はないように思う。
幅広い理論体系なので実りが多いのもわかるんだけど、「愛の論理」なんてものをまじめに議論している人たちって、一体……。まあ、そこから生まれる議論の広がりの幅が、その理論体系の価値とも言えなくもないだろうから、愛や神まで語れる可能世界論は、第一級の哲学理論体系なのかも。
しかし、この三浦さんって著者、
ホームページを見てもわかるとおり、ぶっ飛んでる。好きだなぁ、この
オメガ点理論と人間原理的解釈の話とか。
2004/09/30(Thu)
中東の迷走
宮田律『
中東迷走の百年史』(新潮新書)、読了。すばらしくコンパクトにまとまった近代中東史の入門書。イラク、イスラエル、サウジ、イエメン、イラン、トルコ、クルド人、アフガニスタン、カシミール、中央アジア、カフカス、東アフリカ、マグレブ三国と、通常言われる中東よりもやや広い範囲での紛争の「タネ」を、互いに関連性を持たせながらも個別に歴史的背景からとき起こして解説している。断片的に伝えられるニュースだけ見てても、いっかな「なんで?」が、わからない中東事情が、だいぶスッキリとわかった。著者が言うとおり、アメリカ人に「文明の衝突」とか言われてなるほどなんて言う暇があったら、まずはちゃんと歴史を勉強しましょうね、という話。
20世紀は民族自決のイデオロギーの元に多くの独立国が生まれた時代だけど、中東の国ぐには、形こそ多くの独立国家となっているものの、そのいびつで複雑な歴史的背景のために、完全にその奔流のなかで取り残された存在となっている。焦りと絶望が、憎悪となって負のスパイラルを描く。
中東を引き裂いているのは、民族間の不和だったり、領土問題だったり、石油や水産資源を巡る利権だったり、過激な活動家だったり、社会の貧富の差による階層間の憎悪だったりするけれども、そもそもその火だねが、いつなぜ生まれたかと言えば、それは、過去1世紀の間にヨーロッパ列強、具体的に言えばイギリスやフランスが、帝国主義的都合だけで、分割統治をほしいままにしたことや、これらの地域が東西冷戦構造に巻き込まれたことが禍根となっている。民族や宗教、文化の境界線が無視された形で人為的な国境によって「国家」が作られ、ソ連やアメリカの思惑で攻め入られたり搾取されたりすれば、そりゃ不安定にならないほうがおかしい。近代的で世俗的教育がなされない失業した若者達が街にあふれ、世直ししようとイスラム原理主義に走って、貧困と社会不正義に対する絶望から自爆テロに身を投じるのもわかるような気がする。
CPAからの主権委譲後のイラクが混迷に陥っている。これについての著者の指摘というか予言(主権委譲前の執筆だから)は、こんな感じ。
複雑な社会構成のイラクにおいて、安定した統治は至難の業である。それをまがりなりにもまとめてきたのがフセイン政権だった。その個人独裁の部分は排除するとしても、バアス党といういわば官僚組織まで解体してしまったのは、明らかに誤りだった。人工国家イラクにまず必要なのは「民主化」ではなく、「まともな安定政権」である。その順番を間違えると、ただの無政府国家を作ることになりかねない。
第一次大戦後のオスマン・トルコ帝国解体にともなって、多数の民族、宗教がモザイク状に分布する領域が「イラク」として独立。以降、専横的な王政、軍事政権などが短期間に入れ替わるクーデター続きの不安定政権が続く。皮肉にも、もっとも独裁的で外部拡張的だったサダム・フセイン政権が国家を安定させた。
フセインを取り除いて民主主義を根付かせると世界に向けて宣言したブッシュは、誤算というにはあまりに大きな思い違いをしていたということになる。このへん、戦争前に大統領にレポートがあがっていて、わかってやっていたということになっているから、まあ誤算じゃなくて、確信犯だったわけだ。いよいよパン・アメリカーナによる世界統治は、アメリカのご都合主義だったということが世界に明白な事実として知れたということなんだろう。国連をも何するモノぞとばかりにアメリカが動いたとき、世界はこれをどうやって制止するのか。日本はこの辺の国際社会の認識の変化を捉えて、うまくバランスを取りながらアメリカべったりな動きをそろそろ考え直さないといかん、ということなんだろうか。
アメリカのような、いわゆる多民族国家を見ればわかるけど、「民族」というのは、肌の色や目の色のことじゃない。たぶん宗教でもない。民族とは、レーニンが言ったとおり、同じ言語を話す人々の集団のことなのだろう。
新しいメディアの登場は、常に言語の多様性を減じさせてきたという。グーテンベルクによって、統一ドイツ語ができ、日本ではテレビによって方言が消滅しつつある。じゃあ、インターネットは何をする? 言語的分断が減じる方向にあるとしたら、言語(民族)というくくりで成立した国民国家は、いずれ、その枠組みが解体されるようなときが来るんだろうか。
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>